Peace Like A River(平和の流れる街) 詞・曲/Paul Simon Peace like a river ran through the city 町をつきぬける川のように、平和が流れていく Long past the midnight curfew 遠い昔 外出禁止時刻 We sat starry-eyed 僕らは空想の世界に We were satisfied 満ち足りていた And I remember 覚えておくべきなのは Misinformation followed us like a plague 虚報が僕らを追ってくること まるで疫病神のように Nobody knew from time to time If the plans where changed If the plans were changed 予定は刻々と変わっていく 誰も予想なんかできない ↑img src="http://blog-imgs-29.fc2.com/s/e/i/seirios2772/201104210341014a8.gif" alt="本日夕方の日本上空における放射能雲の予報 ノルウェー気象庁発表@WeatherOnline Chase Your Dream !" より転載。
You can beat us with wires 僕らをワイヤーで叩くがいい You can beat us with chains 鎖で打ちのめすことだってできるだろう You can run out your rules せいぜい君たちの規則で、したい放題すればいい But you know you can't outrun the history train けれど覚えておいてほしい 歴史の列車は追い抜かせないのさ I've seen a glorious day 僕には見える、光り輝いたあの日が Four in the morning 朝の四時に I woke up from out of my dreams 夢から目が覚めた Nowhere to go but back to sleep 行くあてなどないしまた眠るしかないけれど But I'm reconciled あきらめた Oh, oh, oh, I'm gonna be up for a while もうしばらくこのまま起きていよう Oh, oh, oh I'm gonna be up for a while ↓訳詞:Song, Paul Simon ソング・ポール・サイモン より。
http://musiker.nsf.jp/musiker21/psimon07.html ▽youtube動画
Paul Simon -Peace Like A River
http://www.youtube.com/watch?v=jAmPfEMI16g&feature=player_embedded#at=153 Elvis Costello -Peace Like A River
http://www.youtube.com/watch?v=D43-Elm8RgQ&feature=player_embedded
近現代の民主主義国家では祭政(政教)分離がタテマエとなっている。現代人はそれが当然のように思っているが、古代では祭政一致が当たり前だった。これを古代が野蛮で現代が先進的だと、単純に解釈してよいものなのかどうか、深く考えたことのある人は少ないだろう。
たとえば、個人主義と自由・民主主義の最先端を標榜してきたようなアメリカも、実はイスラム圏に負けず劣らず、国家規模で非常に信仰深い国であったりする。戦後、欧米社会を模倣して無神論の科学的合理主義になった、と自認しているような日本人は、それを是認するにせよ批判するにせよ、かなりずれた認識であることになかなか気づこうとしない。
本当に「本当の神」の意向が政治に反映するならば、それはけっこうなことだとは思わないか?
あるいは、祭政が分離することで、本当に人々の迷信や迷妄が打破できたのなら、とっくの昔にユートピアになっているとは思わないか?
実は太古の昔から、政治体制がどう変わろうとも、権力者の欲望と大衆の愚かさは、本質的なところでそんなに変わっていない気がする。
そういうテーマを鋭くえぐったドラマに、初めて出会った気がした。どんなに大衆娯楽エンターテイメントであっても、こうした視点を持つところに、韓ドラ時代劇の凄いところがある。歴史的に厳しい動乱にされされてきて、眼をそらすことができなかったことの代価だろうか。(未だに冬ソナのイメージだけしかない人は、あれは日本の昔の純愛ドラマのコピーから入った延長の、韓国版こってり味付けであることを理解するべきだろう)
▽以下は『善徳(ソンドク)女王』第29話から、主人公と悪役との対話。
「私から奪った神権は王女様が持つべきです」 「その場合また奪われかねません」 「それを恐れて捨てると?」 「捨てるのではなく、民に返すのです」 「それは捨てるということです。神権を捨てどのように国の統治を?」 (捨てることになるのかな。統治できなくなる?) 「そうです、王女様。私たちは政権を争っていますが、争いにも規則があります。これは規則違反ですよ。どうやって王権を保ち権威を示すのです」 (どうやって権威を示すか?) 「どうやって民を治めるのです?」 (どうやって民を治めるか?) 「お答えください。その方法とは?」 「真実です」 「真実?どのような?民は王女様を新たな天神の王女だと、その民にどんな真実を?“何も知らぬ、神秘的な力などない”そんな真実を?」 「格物(当時の実用科学・博物学のようなもの)とは物事の道理と真実を明らかにするもの」 「それで?」 「璽主(セジュ、玉璽の管理する官職)は真実のための格物を利用し、施主が天候を動かすかのような幻想を作り上げた」 「民は幻想を望みます。天災を防ぐ超人的な力を望むものです。幻想こそが統治の原動力です」 「いいえ。民が望むのは、希望です」 「民の希望? 王女様。民や群集の恐ろしさをご存じないのですか?」 (恐ろしさだって?ミシルにも恐れるものが?) 「群集の希望や欲望の怖さを、ご存じないでしょう?」 「ええ、私は怖くありません。ただ飢えることのない平穏な生活を、民は望んでいる。幻想は望んでいない」 「民は雨の降る理由などに興味もないし、日食が起こる原因など知りたがらない。誰かが雨を降らせ、日食を防げば満足なのです。民は無知で愚かな存在です」 「それは民が何も知らないからです」 「そうです。知りません。民は自分たちの望みも知らない」 「民が暦本を知れば季節を知り、種まきの時期を知る。雨の原因を知らずとも、雨を農業に利用する方法を知ることができる。そのように一歩ずつ進歩していくのが民なのです」 「知識を得るということは、苦痛につながります。民にとって知識はつらくて疲れることです」 「希望はその苦痛や疲労に耐える力を与えます。希望と夢を持った民は、神国を豊かにするでしょう。私と同じ夢を見る者たちと、私は新羅をつくっていきます」 (まさか、この王女が望んでいるものは・・・) (これは本当に私のしゃべっている言葉なの?) 「王女様。私は民の幻想について語り、王女様は民の希望について語られました。ですが、その希望が、その夢こそが、最も残酷な幻想なのです。王女様は私よりも狡猾なお方ですね」 (そうかもしれないわ。だけど・・・) 新羅、百済、高句麗の三国時代の末期の話なので、7世紀頃だろうか。まあ、細かいストーリー仕立ては7〜8割フィクションだとは思うが、大筋のところで全くの作り事は描けないだろう。この時代に祭政一致から祭政分離への政策を意図的に選択したというのが事実だとしたら、世界史的に見ても相当なエポックではないだろうか。
細かい解説・解釈はきりがないので避けるが、今の時代でも、このテーマの深い闇は何も変わっていない。
為政者の祀り上げる「神」が、マスメディアによる情報操作という、別の神に摩り替わっただけの話だ。偽りの神のつけいる隙との分離は、終りのない魂の戦いである。
右カラムの「神道グノーシス」のプロデュース文句を変更しました。旧コピーも悪くないと思ってるので、記録のため、ここに掲載しておきます。
「グノーシス神道」とは、一言で言えば「逆説の神道」と解してください。 「和」のみではない「不服従」の神道。 男性原理優位ではないが、女神賛美一辺倒でもない神道。 太陽崇拝一色ではない、日・月・星・大地一体の神道。 単一・農耕・定住民族のみをアイデンティティとしない、 マルチでグローバル(汎地球的)な神道。 「死」を忌み嫌わず、「死」を美化しない神道。 判官びいきとしての敗者のナルシズムではない、万民・万類の勝利をあきらめない神道。 単なるノスタルジーとしての同族幻想ではない、故郷は未来にある神道。 念のため、(現時点の)新コピーはこちらです。
古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。 最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。 2008.10.23 “その後”の黄泉比良坂の歌 〜 私の「鬼束ちひろ」評 〜 より。 なお、(今さらですが)「神道グノーシス」は私の
オリジナル造語ですので、あしからず。商標登録はしてませんが、ネット検索すると、恥ずかしいことに真っ先に私のブログが出てきます。んちゃ。
[高画質で再生] Sting - Fragile [
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VPS Fragile / Sting (フラジャイル / スティング) 画像⇒http://blog.goo.ne.jp/v_goo_kazu_san/e/0ae7075172164b42d7b4775acfdde1be 「写真」とは何か 20世紀の巨匠たち(1936年7月のスペイン内戦時にコルドバで、ロバート・キャパ撮影「崩れ落ちる兵士」) If blood will flow when fresh and steel are one Drying in the colour of the evening sun 生身のからだに鋼の刃が突き刺さり 流された血が夕日に染まって乾いていく時 Tomorrow's rain will wash the stains away But something in our minds will always stay 明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される だけど僕らの心を襲ったものは いつまでも消え去りはしない 画像⇒http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200401/hpaa200401_2_010.html 平成16年版 科学技術白書[第1部 第1章 第1節 4] Perhaps this final act was meant To clinch a lifetime's argument 事によるとこの最終的手段は 暴力は何の解決にもならず That nothing comes from violence and nothing ever could For all those born beneath an angry star 怒れる星の下に生まれた者たちにはなす術がないという 一生かけての主張を捩じ伏せるものだったのかも知れない Lest we forget how fragile we are 人というものがこんなに脆いとぼくらに思い知らせようと 画像⇒http://www.geocities.jp/ginnmokusei/new_page_11.htm イラク戦争画像を再度確認しましょう On and on the rain will fall Like tears from a star like tears from a star いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう まるで星が涙を流しているようだ まるで星が涙を流しているようだ On and on the rain will say How fragile we are how fragile we are いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう 人というものがどれほど脆い存在か ぼくらがどれほど儚い存在か 画像⇒http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic24.html 釈迦の人生を知ろう (ラホール美術館の釈迦苦行像) On and on the rain will fall Like tears from a star like tears from a star いつまでもいつまでも雨は降り続けるだろう まるで星が涙を流しているようだ まるで星が涙を流しているようだ 画像⇒http://www.planetary.or.jp/Library02/library0612.htm 日本惑星協会(大マゼラン星雲の星形成領域LH95) On and on the rain will say How fragile we are how fragile we are いつまでもいつまでも雨は教えてくれるだろう 人というものがどれほど脆い存在か ぼくらがどれほど儚い存在か How fragile we are how fragile we are 人がどれほどかよわいか ぼくらがどれほど儚いか ⇒http://lyricsglobal.com/sting/fragile.html フラジャイル (Fragile) 参照。
(たぶん中川五郎:訳)
今年も9月11日がやってきた。
9年前のこの日、スティングは自宅(別荘)中庭でライヴコンサートを計画していた。そこに世界を震撼させたNY世界貿易センタービル同時多発テロの知らせが入る。急遽、予定を変更し、追悼ライブとして再開。その一曲目としてテロ犠牲者に捧げられたのが、この“Fragile”だった。(アルバム「All This Time」に収録)
演奏前のスピーチ「曲の後、しばらく黙祷したい。拍手はいりません」が、なんとも彼らしく、しぶくカッコイイ。(と言ったら、不謹慎か!?)
⇒http://www.hmv.co.jp/product/detail/2552510 All This Time(リイシュー)【DVD】-Sting (スティング)|ポピュラーロック|ロック|音楽|HMV ONLINE オンラインショッピング・情報サイト このエピソード自体、もっと知られていていい気がするが、古くからのスティング・ファン以外、いったいどれだけの者が知っていただろうか。私自身、実はこのブログを書くために調べていて、初めて知った。それというのも、この“Fragile”の歌詞の奥底に、「ゴッド・ブレス・アメリカ」的ではない闇の深淵があるため、米国主導のニュース・ソースとして広まりにくかったのではないか、というのが私の勘ぐりである。
確かにテロ当日の自宅庭の追悼コンサートは、WTCビルのテロ犠牲者に捧げたものだったろう。しかし、時が経つにつれ、この歌はもっとはるかに普遍的な闇と苦悩を投げかけてくるようになる。
そのわずか10日後、米4大ネットワークが企画制作し、放送したテロ犠牲者追悼チャリティ番組があって、その中でもスティングはこの“Fragile”を歌った。そこで私は初めてスティングの存在感に触れ、度胆をぬかれ、ぞっこん惚れこんでしまった。
音域やダイナミックレンジが広いわけでもなく、ドラマチックに歌い上げるでもなしに、これほど強烈なインパクトを与える曲をめったに知らない。また、これほどの人類史的絶望を歌いながら、これほどまでに美しい悲しみの曲があるだろうか。私の中ではその時、並みいる他の出演者達の存在感が霞んでしまった。
事によるとこの最終的手段は、暴力は何の解決にもならず、怒れる星の下に生まれた者たちにはなす術がないという、一生かけての主張を捩じ伏せるものだったのかも知れない まるでノストラダムスの予言詩のように、後の報復戦争を予見したかのようなこの歌詞こそ、アメリカにおけるスティングの(9.11にまつわる)存在感をマイナーなものに封じ込めた理由だったのではないだろうか。
その後、アメリカのメディアに、テロの悲しみやショックを連想させるような歌は放送を自粛しよう、という動きが出てくる。馬鹿げた話だが、『明日に架ける橋』も『イマジン』も、「空」や「天」を想起させるものはすべてダメというのだ。当時、米政府は報復戦争のため国民の士気を高めるのに躍起になっていた。だから「平和」 や「癒し」の曲はダメ!というのが、本音だったに違いない。陰に陽に、軍産複合体の圧力がかかっていたことは、火を見るより明らかだ。(そして、その「報復」戦争は、石油や天然ガスや機軸通貨としての米ドルの利権のため、WTCビルの同時多発テロよりもずっと以前から、あらかじめ画策されていたものだった、と言っても、信じる信じないのレベルになってしまうのだろう)
そんな中での“Fragile”、日本で追悼チャリティ番組が放映(再放送?)されたのが、ちょっと後の報復ムードが盛り上がってきた頃だったこともあるが、私が度胆を抜かれたのもわかろうというものだ。
ちなみに、この曲自体は1987年発表の曲。9.11テロの4年前につくられていたものだ。
1987年、ニカラグアの戦闘地帯にある村に、電力と水を供給するためダムで働いていたところを、米国に支援されていた反サンディニスタ軍コントラに殺された米国人エンジニア、ベンジャミン・アーネスト・リンダーにちなんで書かれたもの。
↓詳しくは、このサイト参照。
⇒http://blog.goo.ne.jp/einichi/e/b7572fcab9681b7e09409bbf731be5a5 fragile Sting - 翻訳者魂 ↓以下、上記サイトより引用。
ベンジャミンはこう書いている。「戦争と空腹がおさまるまで、エルクアが豊かになり子供たちがなんの心配もなく暮らせるようになるまで、ハーメルンの笛吹き男のように、この子供たちを戦争から隠していたい。でもそれはぼくにはできない。たとえできたとしても、その他の村を助けることはできない。その代わり、ぼくはみんなの役にたちたい。戦争が終わることを祈る。」