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早戸大滝、三年越しの「まぼろしの大滝」へ

2018,,17
 三年越し五度目のアクセスで、やっと到達した「まぼろしの大滝」こと早戸大滝。 
初回 :2015年5月12日。最初からアクセスを間違えて引き返す。
2回目:2015年10月20日。かなり手前で車止めされて、歩行時間をロスし、日没時間を考えて引き返す。
3回目:2016年4月12日。寸前まで行ってたはずが、道しるべが不確かなため不安になって引き返す。
4回目:2017年10月10日。増水が激しく、いくつめかの渡河で断念。
5回目:2018年4月14日。ようやく踏破!
恥ずかしながら毎年二度もトライして、昨年まで未踏だった。

 「まぼろしの滝」「まぼろしの大滝」「幻の大滝」…いろいろ記述はあるが、調べてみると「幻の大滝」は全国で他にもいろいろあるらしいので、ここでは早戸大滝の別名として一番多用されている「まぼろしの大滝」を用いる。

 神奈川県の宮ケ瀬湖に注ぐ早戸川。その河岸を丹沢山北麓まで、渡河を繰り返して遡行していくと、早戸大滝に辿り着くことができる。
 なぜ幻の大滝なのかと言うと、川岸のワイルドな道なき道を行かねばならず、到達寸前で横っちょにそれて隠れるような位置に滝があるため、見過ごしやすいこと、滝そのものも前面を巨岩が覆い隠していること、などが一般的な理由らしい。

早戸大滝

早戸大滝

 けれど、実際にアクセスしてみると到達しづらい理由は他にもある。
ひとつは、アクセスの早戸川林道が崖崩れで一部埋まってしまうと、車が通行できないため、かなり手前から時間をかけて延々と歩かねばならないこと。

↓2015年10月、国際マス釣り場のところでの車止め。ここから伝道まで、1時間半くらい歩かねばならない。
CIMG3196.jpg 

↓2017年10月、魚止橋から伝道へ行く途中の崖斜面の崩落地点。雪と一緒に崩れて道を覆っている。
DSCF7409.jpg

 ふたつめは、初夏から初秋にかけてはヒルが大発生するため敬遠したいこと。
 みっつめは、数日内に雨が降ると増水するため、膝下までの浅瀬がなくなり、流れも急になり、渡河が困難なこと。
 さらによっつめを言うなら、ヒルがおさまった秋口からは日が落ちるのが早くなってくるので、どこかで時間をロスすると、ただでさえワイルドな渡河の帰路が恐ろしくなってくること。

 幸運にも最奥部まで車が入れたとすると伝道という場所になるが、たいていはその少し手前の魚止橋を渡ったあたりが車の終点。

(↓魚止橋のすぐ先の車止め。2018年4月)
DSCF7531.jpg

(↓魚留橋を振り返ったアングル)
DSCF7406.jpg

 魚留橋からは右に大きく折れてから左に回りこむU字ターンの道になるが、人工滝を左に見て正面の雑木林の道を這い上っていくとショートカットになる。今年は入口が瓦礫で埋まってわかりずらくなっていた。
DSCF7405.jpg DSCF7404.jpg

 いろんな人のブログにも載ってる、伝道にある地図版。
DSCF7410 400PX 
IMG_2542.jpg

 伝道の正面、いかにもいらっしゃい!という感じで、白いガードレールの橋が正面に見える。
CIMG5120_20180417014936433.jpg

 ↓ちなみにこちらは昨年2017年10月10日の、ほぼ同じアングルの写真。季節によってずいぶん印象が違う。
DSCF6608_20180417014935bad.jpg

 が、この橋を渡って河原に出てしまうとNG。いや、早戸川の川岸を遡行していけばいずれは早戸大滝に着く道理なのだが、伝道からいきなりはたぶん困難な箇所が多いのだろう。
 初回アクセスでは、恥ずかしながらこの正面突破コースに吸引されたもんだから、まるでわからなくなり、そこそこで引き返した。(でも、ダメな予感がしたときは早めに引き返すのが、我々のいいところ?!)
 でも、この正面突破だめだめコースも、しばらくはあちこちに案内のピンク・テープがあったりするもんだから、つい誘われてしまう。たぶん別の場所への案内なのだろう。まあ、それなりにワイルドで面白い場所ではあったし。本当にだめだめなのか、一度覚悟を決めて確かめてみたい気もしないではないが…。

 先の地図版のすぐ右後ろを巻いてS字状に急登していく道があり、これが正規ルート。しばらく登ると、右側に緑のフェンスのある道が見えてくる。
DSCF7413_2018041702341179a.jpg DSCF7414_201804170234113f3.jpg

 フェンスづたいにもうしばらく行くと、左下にえぐれた谷状の小さな沢が見えてくる。ここが最初の渡河地点。
DSCF7415_20180417023410fdf.jpg 

 渡ってから、いかにも道が沢に沿って右に折れ曲がっていくように見えるのだが、まもなく足場の不確かな急登となり、道が消失する。(続いているのかもしれないが、ものすごくマイナーな登山道で廃道っぽい) 3回目までは迷わなかったのに、昨年の4回目、なぜだかここに踏み込んで無駄足してしまった。
 そこは踏み固められていない腐葉土みたいな地質の上、近年の豪雨などで地盤が崩れやすくなっている。尾根に乗っている子供の背丈くらいの大石に軽く手をかけたら、ぐらり!と揺れたかと思うと、草木をなぎ倒しながら豪快な落石を見た。下に人がいるような場所でなくてよかったと、肝を冷やした。それ以来、石に手をかける時の状況判断は慎重になっている。

 つまり、この第一渡河は早戸川ではなく、早戸川に注ぐ伝道沢という渓流である故、渡ったら正面の苔むしたゴロゴロ石を突っ切って伝道沢から離れ、雑木林の道を登っていかなくてはいけない。昨年初めて間違えたのは、豪雨や異常気象などで山道が荒れて表情が変わり、正規ルートが見えづらくなっていたのだろう。
DSCF7416_2018041702341022b.jpg

 本来の道を登っていくと右にゆるやかに曲がり、またフェンスがあらわれ、しばらく登ると、古びて傾いた廃屋のような小屋がある。年々、見るたびにおんぼろになって、迫力あるお化け小屋になっている。
 DSCF7418.jpg

 この廃屋の正面玄関近くに甕だかドラム缶だかを逆さに伏せた台の上に、「雷平15分」という木札が置いてある。いかにも昔からここにあったふうだが、これはインチキだ。ルートを熟知したスーパー健脚がレースのような勢いで走らないかぎり、15分は不可能。普通の健脚で30~40分はかかるだろう。
DSCF7419.jpg

 おそらくどこか別の場所に落下していた案内札を誰かが拾い、何気なくここに置いて帰ってしまったのではないか? …と思いつつ、この札をどうしたらいいものか。個人のハイカーが勝手に動かしてはいけない気がしてしまうところがもどかしい。

 廃屋から早戸川の河原に出るまで、素人にはきつかろう恐かろう、…なトラバースが続く。いや、実際、恐いよねえ、この朽ちかけたような橋は。これも年々、お化けっぽく老朽化してる。新しく整備する公共の予算が出ないのかな。最近、どこの山に行っても、そういう傾向は感じる。
IMG_9127_20180422013946bcc.jpg

 こういう橋を渡るときは、落ちないような注意もさることながら、もし万が一、橋ごと崩落しても、崖の斜面に飛び移り、滑落しながらでもへばりつき、持ちこたえられるような心づもりで渡るようにしている。
DSCF7425.jpg DSCF7423.jpg

 トラバースの終点で崩れかけた斜面を急降下すると、早戸川に再会する。ここが二番目の渡河地点。早戸川としては最初の渡河となる。わかりやすい写真がないので、昨年の写真を貼ることにする。
IMG_2545.jpg

 昔はここに丸木橋があったらしいが、今は(流されて?)跡かたもない。昨年までは手で伝い歩きするためのロープが張ってあったが、今年はそれもなくなっていた。増水して流れも早いときは、あきらめたほうがいいのだろう。経験上、午前よりも夕方のほうが増水してくるから、行きが困難だったら帰りは不可能に近い。想定しておくように。

 渡ってから川原沿いのワイルドな小道を行くと、片側が岩壁の足場の悪い場所をロープで伝い歩きする難所があらわれる。が、年々、岩全体が下方にずれ落ちてきてるのか、それとも川底が持ち上がってきてるのか、今回はさほど高度感からくる脅威を感じなかった。左が今年2018年、右が一昨年2016年4月12日。
IMG_9129.jpg CIMG5134.jpg

 そういえば、こんな場所もあった。雷平までは素人にはハードとは言え、案内標示はなんとかかんとか整っている。
CIMG5137.jpg

 このへんまでが変化に富んだ難所の連続。あとは大滝直近までは、何度となく渡河する地点の選択と、川底に足を滑らせないことさえ注意すれば、さほどハードなルートはない。とは言うものの、先に進むほど寂れた岩石ゴロゴロの道なき道になるので、本当にこれでいいのか?と不安になってくるのだ。
 伝道から雷平までが45分。そこから先の大滝までが同じく45分くらい。他の人のブログでは、雷平からすぐみたいな印象があるが、途中にこれといった変化がないから記述をはしょっているだけ。けっこう時間はかかると思っていないと挫折する。

 雷平の写真も今年のはぱっとしなかったので、一昨年のものをアップする。雷平は早戸川の一番大きな合流地点で、正面から注いでくるのが原小屋沢が中沢と合流してくる沢で、上流に雷滝がある。早戸川の上流は向かって左に折れ曲がっていく。
CIMG3224.jpg

 余裕ある人は雷滝にも寄るが、ともかく御本尊の早戸大滝に行きつくのが先決なので、雷滝までの往復1時間はロスしたくない。

 雷滝から先は道らしき道はない。岩石ごろごろのマイ・ワイルド・ロードを行くのみ。

DSCF7443.jpg

 でも、今年は案内のピンクテープが増えていたようで、遠く近くあちこちに視線をやって、ぐるぐる見回しながら行けば、なんとか辿り着ける気がしてくる。

 途中、いくつもの名も知れない滝を目にする。ズームで撮っているので写真では雰囲気が出ないが、水量は細くとも落差のある幽玄な滝。、次回以降、時間に余裕があるときは間近まで行ってみるのも面白いかもしれない。
DSCF7439.jpg DSCF7441.jpg 

 向かって左岸を歩いていて、ロープの垂れた急斜面が現れたら、大滝に近づいてきたと思ってよい。が、このロープはまだ滝へと向かう道ではない。川岸を歩くのが困難なため、プチ・トラバースするためのロープだ。
DSCF7450.jpg

 またしばらく行くと、いくつめの沢の合流点だか(地図上では大きな合流点としてふたつめなのだが、大小いろいろあるためわからなくなる)、正面やや斜めからの流れと、上流が向かって左に隠れるようになっている流れの合流点がある。この左側のすぐ上流に早戸大滝が隠れている。
左向こう岸斜面は、まだ一面の残雪が覆っていて目を奪われる。そこでもう少し前に出て左を振り向くと、かくれんぼしてた大滝がその片鱗をのぞかせる。
DSCF7515.jpg 

 ちなみに合流点の反対岸(向かって右岸)には、青地に白のこんな小さなプレートが申し訳程度に樹にくくりつけてある。大滝への曲がり口の標示だ。
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 合流点手前、向かって左岸急坂に、やはりロープが垂れている。これが大滝の中段の滝壺へ行くためのもの。登る途中で大滝の横顔が垣間見れる。
IMG_9138.jpg IMG_9139.jpg

 滝は細かくは5~7段になっているようだが、大きくは2段。落差50mと書いてあるサイトが多いが、何段にもなるすべてを合計したら70~80メートルは優にある。ひょっとしたら100mあるかなあ? 
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 眺めとしては中段の一番大きな滝壺が一番ダイナミック。それ故、危険を冒して、サイドの急峻な細尾根をよじ登り、崩れかけた横這いの崖道をトラバースして、まぼろしの大滝のヴィジュアルを我が脳裏に焼き付けようとする人も多いのだろう。写真ではいまいち危ない雰囲気が出てないが、横這いの崖道のところに、踏み外すとやばい地点がある。
DSCF7460.jpg DSCF7450_201805130113436df.jpg

ちなみに、何年か前、70代男性が滑落遭難事故で自力で動けず、一週間後に発見されて救出されたという場所は、ここだろうか? 高齢者の単独行で滑落してしまうのは問題だが、一週間飲まず食わずで生き延びた生命力には敬服する。

 そして、中断の滝壺に到達! 久々に鳥船運動などしてみる。祝福するかのように虹が出た。
IMG_9164.jpg  
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 場合によっては浴びようか(滝行)と思ってたが、このエリア一帯、空気がなんとなくひんやりとして、水も思ったより冷たい。山の上のほうから溶けて流れてくる雪解け水も、まだ混じっているのだろう。夏~秋と違い、パンツが乾くのにも時間がかかるだろうから、やめておいた。

 それにしても近くに寺社も見当たらないし、ここが昔の修験者の有名な行場だったという話を、あまり見聞きしないのだが、どうなんだろう? 今だって秘境っぽいのだから、昔は旅の(フリーの?)屈強な行者しか近寄れなかったのかもしれないな。

 向かって右側の崖によじ登り、滝の側面から写真を撮る。到達してからさらにこういうアドヴェンチャーをする人は少ないかもしれないが、せっかく接近したからにはいろんなアングルに挑戦したくなる。
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 サイドの細尾根に戻り、さらに上へと登りつめると、滝の最上部注ぎ口まで覗くことができる。この登山道は大滝新道というらしく、丹沢山までつながっている。そのまま登山する人もいるし、山から下りてきて滝を見て帰る人もいる。滝だけだって難易度が高く、口を酸っぱくして厳重注意を促してるブログも多いのに、山のマニアの何気ないタフネスには恐れ入るばかりだ。
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最後にもう一度、大滝の雄姿をどうぞ。
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帰りに渡河する時、水中の飛び石伝いに踏んで渡ろうとしたら、けっこう大きな石だったのにぐらりと揺れてひっくり返り、足を踏み外して、四つん這いにバランスを取り直す時、片方の太ももと腕の付け根までどっぷりと濡れそぼった。深く濡れるのを面倒がって、水中とは言え飛び石伝いの渡河は不安定なのでやめたほうがいいと学んだ。川底を歩いたほうがいい。

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愛と感謝の花、ミモザ

2015,,23
出がけにBSでイタリアのミモザの花に関する番組をやっていて面白かったが、見る暇もなく出てきた。

世界で一番美しい瞬間(とき)▽ミモザ 愛を伝える魔法のとき イタリア ローマ
http://www4.nhk.or.jp/sekatoki/x/2015-04-22/10/17708/


男性が女性に普段の感謝の意をあらわすため贈ると聞いていたが、イタリア発祥とは知らなかった。また、大戦後に起こった、女性の権利を護るための世界的な社会運動に端を発しているとも。

国際女性デー – Wikipedia 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%83%87%E3%83%BC


だから、もとは女性の人権活動家が、お互いの覚悟や結束を高め合うために象徴としていた花。それを男性が受け継いでプレゼントするようになった、ということらしい、もともとあったラテン系のロマンチックな色恋の習慣ではないらしいところに、逆に涙が出るほどのロマンがある。

まあ、ネット上でググってみると、男が女に贈る習慣が先とする異説もあって、何とも言えないのだが、番組では時代の生き証人であるイタリアの長老(おばあさん)が語っていたので、それなりの信憑性はあるかなと。

だから、恋人や妻に贈るばかりでなく、おばあちゃんや孫にでも、異性の親友へでも、何でもOKなわけだが、そこはそれ、天性の人のいいラテンすけべえ男だから下心は・・・、とは言え、ハントや告白のためというより、日頃の感謝と愛情の再確認のため、みたいな感じが、とっちゃん坊やな日本やアジアの男にはなかなか真似のできないスマートさだと思う。

そういう点、日本のバレンタインデーは、告白のときめきみたいな名目で、結局はお義理の年中行事、近所付き合いの心の負担になってしまうのは、つまらないよなあ。決して日本発祥の習慣ではないのに、現在さかんな国は日本と韓国くらいらしい。なんだか馬鹿さ加減が似てる二つの国。。
 
バレンタインも西洋発祥の原型は、男が女に贈ってもいいし、もっと自由なものだったらしい。若い頃、イギリス留学生活の経験がある女性の友達からその話を聞いて、試しに自分から贈ってみたこともあるのだが、ある年、チョコ売り場のバイトの女の子に、無言ではあるが変態を見るようなもんのっすご~~い嫌そうな顔をされて、それ以来やめてしまった。

そういえば昔、私が20代の頃は、バレンタインの時期もチョコがプレゼント用にラッピングして陳列されておらず、レジに持って行って売り子の女の子にラッピングしてもらっていたのだ。
そのラッピング作業がいかにも嫌っそ~~な感じで、なかなか手が進まない。嫌ならさっさと済ませてくれよと言いたかったが、向こうとしては「男のくせにチョコを贈るなんて、なんて女々しい、男の風上にも置けない軟弱野郎か、それともオカマか、ものを知らないタコ野郎か、自分が教えてやりたいけどバイトの身分で出過ぎたこと言えないし…」と、悶々と葛藤していたんだろうねえ。

要するに、たいした伝統でも何でもないのに、こうあるべき!という同調圧力や自縄自縛が強くて、何事においても窮屈でつまらなくしてしまう、どーしようもねえところがある我が国なのさ。

女性に花を贈るイタリアの粋な記念日「ミモザの日」 - エキサイトニュース
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1330493693794.html


かわいらしいと言うより、じかに見ると、ハッとするように鮮やかで、華やかで、艶やかな花です。この世に女性がいてくれてありがとう…、という気持ちを、本当に思い起こさせてくれるような。

ミモザ

愛の「麻糯(ムチー)」

2013,,14

3月頃だけど、FMのトーク番組で食文化だか料理研究家だかの先生が話していた。
餅を搗いて食べる習慣は、アジア南方の非漢民族文化圏に広く分布している。(逆に言えば、アジア全域ではなく、限られた地域ということ?)  しかも、ラオス、タイ、沖縄では、みな「ムチー」と発音する。漢字では「麻糯」でムチーだったらしい。

世界的に見れば、さらさらのインディカ米を食べる民族のほうが多く、ねばねばふっくらのジャポニカ米や餅米を食べる食文化のほうが特殊ということになる。
餅を“搗く”のではなく“挽く”製法として、お菓子のような感覚で食べる習慣は中国一般にもあるが、北方民族にはないらしい。

↓サラサラ文化圏とネバネバ文化圏、搗きモチと挽きモチ、についての参照サイト。

餅」の議論は面白かった:イザ!
http://yosi29.iza.ne.jp/blog/entry/3021651/


私自身はサラサラのインディカ米にも全く違和感がない。
インディカ米はカレーとかアジア系料理にむく食感だけど、かと言って、個人的には和食と合わせてもとくに抵抗はない。たまにこういう日本人もいるのだ。

しっとりふっくらして、しかも粒が立ってるジャポニカ米はもちろん絶品とは思うが、ジャポニカ米は炊き方が難しくて、芯が崩れて糊みたいにネバネバくっついてしまった御飯は食べたくない。だったらお粥のほうがいいし。

つまり、私自身の米の嗜好性としては、多分に北方&グローバル系が入っているのだろう。
餅もどちらかと言うと、全体にネバネバぐにゃぐにゃよりも、表面にお焦げがあったり、多少の歯ごたえがある焼き方のほうがそそる。
搗きたてのホクホクに柔らかい餅は、また別格だけどね。生姜醤油でも美味いんだよね。

イメージだけど、ことさら日本の特殊性を強調したがる右翼&保守系の人は、サラサラのインディカ米が絶対ダメな人が多い気がする。カッコだけ改革派のB層も、どちらかというとそうかな。でも、ネトウヨは案外と洋食好みやファストフードも多そうだなあ。イメージだよ、単なるイメージ!


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スタミナ不足で、ながらくこのブログを放置しておりました。ぼちぼち再開しようかと思いますが、操作のしかたがすぐ思い出せず、コメント認証待ちのかたなどおられましたら申しわけありません。


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拍手コメントというのがあるのを初めて知りました! また、時々、設定が狂うのか、拍手ボタンが非表示になるみたいです。 未だに設定に慣れなくて、すいません!

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プロフィール

1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

五右衛紋☆Rhapsody

Author:五右衛紋☆Rhapsody
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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