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中秋の名月とオーブ

2013,,23
 2013年9月19日は中秋の名月。ちょうどマンションのベランダの正面にまん丸の白光が昇っていた。

CIMG3507満月アップ2

 ↑写真を撮ったのはすでに24時をまわっていたので20日なのだが、普通の安物デジカメで思いきりズームにして撮ったもの。


 それはよいとして、最近とみにオーブが写りこむ。

建物とオーブ1

建物とオーブ2s

 月を撮ろうと思っただけで、べつにオーブが撮りたかったわけではないのだが、濃淡・大小・遠近のオーブが無数に写りこんでいる。(ブログ用に無料ソフトで縮小すると、いくぶん濃淡の鮮明さがなくなっている)

建物とオーブ3

 だいたいオーソドックスなオーブは、白濁色の半透明で円形のものだが、遠くの星のように小さく濃い点に見えるものも最近は増えている。決して、星が写っているのではなく、拡大すると楕円だったり不定形だったりする。

 ↓まるで月が放射しているようにも見える。つい先日も、月(の存在感)ってオーブの親玉みたいだねと妻と話していたところだった。

CIMG3538月とオーブ2s


 中秋の満月だったから撮れたのだろうかと、翌日また撮ってみたら、もっと凄そうなのが撮れた。

月とオーブ3

CIMG3543月とオーブ6s


 オーブの合理的解釈としては、
①カメラのレンズや内部に、温度差などによって水滴が付着し、それが写りこむというもの。
②空気中の細かい水滴や塵などが、カメラのフラッシュや自然光に反射して光り写りこむというもの。
の二通りがあるようだ。

 ①の場合は、よく見るとファインダー越しに見えることが多く、カメラを動かすと一緒に移動する。しかし、これに当てはまらないケースも多い。
 ②の場合は、雨の日や滝の前などでフラッシュをたいた時に出やすい。おそらくこのケースが一番多いとは思うが、同じ時に同じアングルでとっても、写る場合と写らない場合があるので、解せない部分もある。

 最近はこのように晴れた日の夜空でも写るし、フラッシュが光らなくてもたまに写ることはある。
 その場所で最初に撮った写真よりも、何枚か撮ってるうちに写りだすことも多いので、こちらの手のオーラがカメラや周囲の環境と同調しだしたら写るのかな?などと考えることもある。そう言えば、カメラを買いたての頃よりも、馴染んできた頃に写りだすような気もする。


 ともあれ、最近は神社仏閣よりも、滝とか巨石とか巨樹など、自然そのものに会いに出かけて満足してしまうことが多く、歴史ミステリーの薀蓄ブログが書けないでいた。
 あまり内容にこだわらず、少しずつ近況ブログも書き足していこうかと思っている。
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スカボローフェア ~ デロリンマン&黄泉比良坂リミックス ~

2013,,19
 何度も聞いているメロディやイントロが、急に魂の琴線に響いてくる時がある。この演奏も何度も聞いてはいたんだが、S&Gのオリジナルを踏襲しないピアノの分散和音は、斬新で美しい。
ヨーロピアン・ジャズ・トリオの『スカボローフェア』

http://www.youtube.com/watch?v=VBc12TL5EyI

 コアなjazzファンには見向きもされないらしいが、日本向けに結成された癒し系ニューエイジ・ジャズ、…とでも言うべきか。

 下敷きはケルト(スコットランド?)民謡らしいが、P・サイモンの歌詞は、戦場で故郷のかつての恋人を想いながら、意にそぐわぬ戦争に身を投じていく兵士の一人称語りかけで始まっている。
 なんだか経済や生活という名の戦争に身を投じていく、現代人の心象風景にダブってしまうんだよね。

          パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム
          (当時のサイモン&ガーファンクルのアルバム・ジャケット)



 ↓詠唱される詞の一部。

War bellows blazing in scarlet battalions
戦いの吹子が深紅の軍勢を焚き付け

Generals order their soldiers to kill
将軍は兵士達に命じる、「殺せ」と

And to fight for a cause they've long ago forgotten
そしてとっくの昔に忘れ去った理由のため戦えと


 ↓そして、繰り返されるフレーズ。

She once was a true love of mine.
彼女はかつて僕の真実の愛だった。

then she'll be a true love of mine.
そうすれば、僕の真実の愛となるだろう。


…………………………………………………………………………………………………………
【参照】
↓秀逸な解説です。
魔界から呼ぶ声、サイモンとガーファンクル、「スカボローフェア」の解釈
http://kifuru.m.web.fc2.com/fair.html
↓歌のヒストリーはこちら
スカボローフェアの謎 ドナドナ研究室 8-1
http://www.worldfolksong.com/closeup/scarborough/page1.htm
 S&G版原曲で、イントロから一貫して流れる飛び石のように特徴的なギターのアルペジオが、ケルト・ハープの音階をコピーしたものだ、というのは、だいぶ昔に読んだ記憶があるのだが。トラディショナルなほうの歌詞に関しての詳しいことは、私も今回調べて初めて知ったことが多い。
…………………………………………………………………………………………………………

 世の中が高度成長の頃、ティーンだった私は、ぼんやりとではあるけど、この歌をどこかで経済戦争・社畜兵士と重ね合わせて聴いていた。もちろんベトナム戦争など、世界の空気とも抱き合わせだったのだけれど。わけもわからず、とてつもない深淵を覗きこんでいるような、ネクラな迷路の若き日々だった。

 今また『スカボローフェア』を聴いて、別ヴァージョンであの感覚が蘇ってくる。

“Generals”は命じる、放射能で子殺し、自国民殺しをしてでも、経済進軍せよと。

 人々は経済戦争・軍産経済という黄泉の国の糧に呪縛され、もはや抜け出せなくなったしまったのだろうか。
 それでも、人々はどこかで魂の故郷を想い、死の間際には、かつての真実の愛に、未来を託すのではないだろうか。


人々よ、魂の故郷へ帰れ!

       デロリンマン&オロカメン1-S  


       デロリンマン&オロカメン2-S

     
 …これはデロリンマンでした。

   74bbbf9039424e1a4228fb9291de775412a36ed9_デロリンマン&オロカメン
          
………………………………………………………………
【参照】
矢作徹のブログ Science Academy デロリンマンの夢
http://yahagitoru.blogspot.jp/2012/05/blog-post_8809.html
………………………………………………………………

Peace Like A River(平和の流れる街) by Paul Simon

2011,,21
    Peace Like A River(平和の流れる街)
       詞・曲/Paul Simon


  Peace like a river ran through the city
  町をつきぬける川のように、平和が流れていく
  Long past the midnight curfew
  遠い昔 外出禁止時刻
  We sat starry-eyed
  僕らは空想の世界に
  We were satisfied
  満ち足りていた

  And I remember
  覚えておくべきなのは
  Misinformation followed us like a plague
  虚報が僕らを追ってくること まるで疫病神のように
  Nobody knew from time to time
  If the plans where changed
  If the plans were changed
  予定は刻々と変わっていく 誰も予想なんかできない


本日夕方の日本上空における放射能雲の予報 ノルウェー気象庁発表@WeatherOnline  Chase Your Dream !
↑img src="http://blog-imgs-29.fc2.com/s/e/i/seirios2772/201104210341014a8.gif" alt="本日夕方の日本上空における放射能雲の予報 ノルウェー気象庁発表@WeatherOnline Chase Your Dream !" より転載。

  You can beat us with wires
  僕らをワイヤーで叩くがいい
  You can beat us with chains
  鎖で打ちのめすことだってできるだろう
  You can run out your rules
  せいぜい君たちの規則で、したい放題すればいい
  But you know you can't outrun the history train
  けれど覚えておいてほしい
  歴史の列車は追い抜かせないのさ
  I've seen a glorious day
  僕には見える、光り輝いたあの日が

  Four in the morning
  朝の四時に
  I woke up from out of my dreams
  夢から目が覚めた
  Nowhere to go but back to sleep
  行くあてなどないしまた眠るしかないけれど
  But I'm reconciled
  あきらめた
  Oh, oh, oh, I'm gonna be up for a while
  もうしばらくこのまま起きていよう
  Oh, oh, oh
  I'm gonna be up for a while



 ↓訳詞:Song, Paul Simon ソング・ポール・サイモン より。
  http://musiker.nsf.jp/musiker21/psimon07.html


▽youtube動画
Paul Simon -Peace Like A River
http://www.youtube.com/watch?v=jAmPfEMI16g&feature=player_embedded#at=153
Elvis Costello -Peace Like A River
http://www.youtube.com/watch?v=D43-Elm8RgQ&feature=player_embedded

銀色の少女よ! Bridge over troubled water

2010,,11
    


    明日に架ける橋
   Bridge over troubled water

    (詞・曲 = Paul Simon 訳 = 筆者)


  君が弱りはて 心も萎えてしまった時は
  When you're weary, feeling small,
  瞳を曇らす涙を 僕が払ってあげる
  When tears are in your eyes, I'll dry them all.
  僕だけは君の味方
  I'm on your side,
  時代が荒み
  oh, when times get rough,
  友がどこにも見つからなくとも
  And friends just can't be found,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  僕がこの身を投げだそう
  I will lay me down,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  この身を投げだそう
  I will lay me down,

  這いつくばり打ちのめされて
  When you're down and out,
  見知らぬ通りで途方にくれる
  when you're on the street,
  夜が険しくとばりを下ろす頃も
  When evening falls so hard,
  僕は慰めてあげる
  I will comfort you.
  君の重荷を分けてほしい
  I'll take your part,
  暗闇が忍びより
  oh, when darkness comes,
  痛みがこの世界を覆い尽くそうとも
  And pain is all around,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  僕がこの身を投げだそう
  I will lay me down.
  逆巻く荒波に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  この身を投げだそう
  I will lay me down.


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(画像⇒http://imihu.blog30.fc2.com/blog-entry-1946.htmlより)

      船出しよう 銀色の少女よ 漕ぎ出すんだ 
      Sail on silvergirl, sail on by,
      輝く君の時代がやってくる
      Your time has come to shine,    
      すべての夢があの行く手に  
      all your dreams are on their way.  
      輝くさまを見てごらん 
      See how they shine,     
      もし友が必要ならば
      oh, if you need a friend,
      すぐ後ろから僕の舟が漕いで行く
      I'm sailing right behind,
      逆巻くに激流に架ける浮橋のように
      Like a bridge over troubled water,
      君の心を和らげてあげよう
      I will ease your mind.
      逆巻く激流に架ける浮橋のように
      Like a bridge over troubled water,
      君を和らげてあげよう
      I will ease your mind.


night_rainbow httpwww.thoe.netgallery5.html
(画像⇒http://www.thoe.net/gallery5.htmlより)


 サッカーW杯南アフリカ大会も終る頃だが、この歌が南アフリカ独立に一枚買ったという逸話も、いまや伝説化しつつある。

 職場でたまたま暇な時間ができたので、久しぶりに訳詩をしてみた。昔、好きな英語の歌で、訳が飽き足らない時によくやっていたのだが、この曲はべつに定番の訳が気に入らなかったわけではなく、ただ、自分自身の訳をしてみたかっただけ。
 すべての訳は意訳だと思うし、でも、できるだけ言語のニュアンスは残したい。が、この曲に関してはあまりにもスタンダードになってしまった上、シンプルにして深遠なので、これまで手が出せないでいた。我が青春のバイブルであるにも関わらず。

 訳していて熱い涙がこみ上げてきた。久しぶりに、声も出さず、眼が痛くなるほど泣き濡れながら訳した。痛くなるほど、というのはおかしな表現かもしれないが、実際、両目の奥のほうから痛いものが流れ出てきた感じなので、眉間チャクラのクリーニングだったかもしれない。

 我々がティーンの頃は、ノリのいいロックや風刺的なフォークの激しく批判的な、あるいは斜に構えたような皮肉っぽいスタンスが多くて、S&Gのちょっと叙情的にも感じられるメロディは、当時の若者仲間からは軟弱に見られる傾向もなくはなかった。
 この『明日に架ける橋』のような大肯定ソングも、激動の時代のひとつのピリオドとして唐突に登場してきた観もあり、闘争的な空気を引きずる全共闘世代には、照れくさくて同調できない面もあったのだろう。
 最近の世代では「スタンダードの名曲」と言う評価が定着していて、よっぽど素直に受け取っているように見受ける。親の世代から受け継がれた美しいメロディーとして耳にしてきたが、あらためて詞を読んでみて想像を絶するものだった、というような感嘆の声も多い。

 反面、妙に理屈っぽい分析をしたがる人もいる。(理屈“ぶって”いた全共闘世代よりも、クールでドライな理論派は今の世代のほうが多いかもしれない)
 3コーラス目の冒頭、「銀色の少女(silvergirl)」とはなんぞや?というわけだ。silvergirlではなくて、Sail on silver,girl(銀色に輝く波間に船出しよう、少女よ)ではないか、という解釈も登場する。
 素朴に受け取るなら、私自身は北欧の少女のような輝く銀髪を思い浮かべる。実際このフレーズは、ポールが中年になった妻の髪に白髪が混じっていたのを見てひらめいたのだという、あまりにも卑近な裏話がある。
 中年のオバサンが少女に化けてしまうという発想の飛躍は、ロマンチックでないという見方もあるかもしれないが、アニメ『ハウルの動く城』にもあるように、少女の中に老婆がいるなら、老婆の中に少女がいてもおかしくはあるまい?
 したがって、このgirlが単数であるか複数であるかということも、問題ではない。魂を打つスピーチは、大勢の群集に向かって話していても、一人一人に語りかけているように聴こえる、というのと同じ原理だ。すべての人のインナーチャイルドとしての「銀色の少女」なのだ。

 そもそも感性の湧出である詩の文章として、論理的に意味を特定することに意味があるのだろうか。掛け言葉として、いくつもの意味をひとつのフレーズにこめるという手法があるが、これとて論理的に言葉のパズルを組み立てた結果ではない気がする。初発のイメージはいっぺんに押し寄せてくるのだ。その渾然となった感覚を、後で言葉で整理するだけのことだ。
 したがって、銀色の少女は銀髪の少女でもいいし、朝日を浴びて輝く波濤でもいいし、逆光に彩られた雲でもいい。それらの輝きが乱反射して少女を照らしている光景としてもいい。また、少女自身の発する銀色のオーラとしてもいいのだ。そのすべてが、明日に架ける希望の象徴なのだ。(最近のSFアニメ世代としては、宇宙服のような銀色のスーツを想起するようだが、私にはあまりにも即物的で興をそそらない)

 この曲の下地が黒人ゴスペルであるとはよく言われることだが、もうひとつ強調しておきたいのが、歌詞のスタンスとしては、教会の賛美歌やキリスト教の宗教曲とは一線を画しているということだ。
 ゴスペルやオラトリオは、人間が神に救いを請い求めたり、神を褒め称え感謝するための歌だが、『明日に架ける橋』は、神の側から人間への眼差しのように思われる。しかも人間の立場に同悲同苦して“降りて”きている歌だ。いや、そうとも言い切れない。幼い人間の魂が真の神(の遣い)の想像を絶する苦難に、すこしでも共鳴し助力しようと、一世一代の背伸びをしている歌、としても感動は決して薄れないだろう。
 つまり、神も人も、男も女も、老いも若きも、あらゆるものが双方向的かつ互換的に結んでゆく、神人合一、厳端不二、万教同根のラブソングなのである。ここに既成の宗教曲の歌詞を完全に超越してしまった、超党派・超宗教の圧倒的な潜在支持率を生む要素がある。


 あえてどのように解釈してもいいとするなら、私はこれを、救世神スサナルの本体が、母神イザナミを茨の海から救い出さんとする発動の歌と見る。あるいは地球母神の分け御魂である、すべての神と人との、知られざる苦難の歴史を、終末のドンデン返しでグレン!とひっくり返す、渾身のラブソングである。

 すべての女神の報われざるインナーチャイルドが、来るべき新世界に向けて癒され、輝きを増しますように。


イムジン河はイマジン河? (『イムジン河~春~』) 

2009,,31
 年内にもっと紀行ブログをアップしておきたかったのだけど、間に合わなかったので、今回は話題を変えて年末の日記を飾ろうと思う。(読む人は年明けになるだろうけど)


 年末のNHK-FMで、元フォーク・クルセダーズの北山修が『イムジン河』について語る番組を耳にした。(『きたやまおさむのレクチャー&ミュージック』)
 フォークルのデビュー当時、私は小6から中1だったが、当時、青春のカリスマ的存在だった北山修に、さほどの親和性は抱いてなかったように思う。無口で言葉が不器用な子供だった私は、饒舌でポップな哲学的雰囲気に、コンプレックスを感じていたのかもしれない。
 しかし、年を経て醸造された北山氏のトークを久しぶりに聞いていると、実に無駄がなく的確で、しかも肩肘を張らず、やはり時代を象徴する知性の一人だったのだろうなあ、という想いを新たにした。

pukkanイムジン河6
(画像⇒http://hidetaka2009.blog114.fc2.com/blog-entry-48.htmlより)

 まずフォークル版『イムジン河』の成り立ちについてだが、
フォークルのプロデビュー前からの北山の旧友で、作詞担当だった松山猛が、朝鮮学校の生徒から口伝え、耳覚えで聴いた歌を、松山の記憶に基いて加藤和彦が採譜し、松山自身が原意に沿いつつも意味を膨らませて日本語詞を振り当てた(つもりの)ものだったという。



   「イムジン河」
   (松山猛:詞)

  イムジン河 水清く とうとうと流る
  水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
  我が祖国 南の地 想いははるか
  イムジン河 水清く とうとうと流る

  北の大地から 南の空へ
  飛び行く鳥よ 自由の使者よ
  誰が祖国を 二つに分けてしまったの
  誰が祖国を 分けてしまったの

  イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
  河よ 想いを伝えておくれ
  ふるさとを いつまでも忘れはしない
  イムジン河 水清く とうとうと流る


 その時点で彼らは、てっきり作者不詳の朝鮮の伝統民謡と思い込み、世界各地のフォークソング(民謡)の発掘紹介のつもりでいた。ところが、北朝鮮に作者が存命中の現代の曲であり(朴世永原詩・高宗漢作曲)、原曲とはメロディーラインも詞の意義も微妙に違うということで、朝鮮総連を通じて著作権問題でクレームをつけられてしまった。
 特に歌詞の面では、荒れ果てた南の土地に対する北の優越性を示すような、政治がらみのキナ臭い問題が見え隠れするせいか、レコード&放送業界はおよび腰となり、発売・放送は自粛された。(当時の空気は「自粛」というより、ほとんど「禁止」のニュアンスだったと記憶している)

 2番では臨津江の流れに対し、荒れ果てた「南」の地へ花の咲く「北」の様子を伝えてほしいと思いを託す内容である。松山の歌詞では、北の幸せさに対し南を哀れむもともとの2番の歌詞は、分断に対する疑問を訴える歌詞に変わっており、まったく違う物となっている。さらに松山の歌詞には、オリジナルにはない3番がある。
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%83%B3%E6%B2%B3 イムジン河 - Wikipedia 

 しかし、発売中止になったことでかえって人々の記憶に残り、後の世まで語り(歌い)伝えられ、現在では別の新生ヴァージョンまで展開しつつあるという逆説的な側面もある。このあたりの北山氏の解説は、非常に説得力あるものだった。

 何年か前の紅白で、キム・ヨンジャが民族情緒たっぷりに歌い上げる『イムジン河』を聴いて感銘を受けたものだが、これもまたキム・ヨンジャ版のニュー・ヴァージョンなのであり、キム・ヨンジャのために書かれた吉岡治の日本語詞も、必ずしも北の原詞の意に沿ったものではない。(但し、キム・ヨンジャのステージでは、吉岡治の詞と北朝鮮の原詞とを織り交ぜて歌われることが多いようだ)
⇒http://www.youtube.com/watch?v=GOFFjpyVmvI&feature=player_embedded キム・ヨンジャ イムジン河~フルバージョン~
 
 キム・ヨンジャ版で連想するのは、アレサ・フランクリンの『明日にかける橋』だ。サイモン&ガーファンクル『明日にかける橋』は、もとは黒人ゴスペルをヒントに本歌取りしつつも、透明感あるフォーク・ロックのバラードに仕上げられたものだったが、後にアレサ・フランクリンが原点回帰のソウルフルなヴァージョンで再ヒットさせた、という経緯とも重なるものがあって興味深いのだ。

 また「イムジン河」とは南北朝鮮の国境に流れる現実の河のみならず、他のあらゆる国と国、民族と民族、人と人の間にも流れる想像上の河でもある、という解釈には、思わず唸らされるものがあった。
⇒http://www.jinken.ne.jp/kyousei/matsuyama/matsuyama_2.html ふらっと -多民族共生- イムジン河 松山猛さん
 「男の女の間には深くて暗い川がある」という唄にもあったように、川は関係性を断絶する境界であると同時に、『イムジン河』では清く流れて想いを運び一なる海へと帰る「結び」の象徴でもあった。その両面が、根源的には心の中の「想像」や「創造」に依っている。
 この意味で、ジョン・レノンの名曲『イマジン』になぞらえられることもあり、『イムジン河』は日本(東洋)の『イマジン』と呼ばれることもあるのだそうだ。そうか、イムジン河はイマジン河だったのか!と一人で納得してしまった。

 フォークル版『イムジン河』は、この希望的な意味でのイマジン(創造力)を意識して、後に三番の歌詞が書き換えられ、『イムジン河~春~』と題された別ヴァージョンが誕生している。

 イムジン河 春の日に岸辺に花香り
 雪解け水終えて北と南結ぶ
 ふるさとの歌声よ、渡る風となれ
 イムジン河とうとうと青き海に帰る


⇒http://protestsongs.michikusa.jp/korean/imjin-river.html イムジン河 [臨津江] (림진강-임진강) フォーククルセダーズ

⇒http://www.youtube.com/watch?v=a50ce4wn3Xk&feature=player_embedded イムジン河~春~

 いずれにせよ、我々日本人(東洋人?)がこの歌に感じ入る要素は、ポジティブ指向のメッセージソングには希薄な、身を引き裂かれるような哀しみであり、その向こうにある根源的な郷愁ではないだろうか。

   41234198_v1279948332イムジン河7
   (画像⇒http://photozou.jp/photo/properties/406038/41234198より)

 私としては、これも必ずしも特定の土地を指すものではない、言うなれば地球そのものへの郷愁であり、太古の昔に引き裂かれ、抹殺され、封印されてしまった、本当の地球創造主への切なる想いのような気がする。
 この意味で、哀しみの感情は必ずしもネガティブなものではない。本物への想いを維持し続ける駆動力にもなりうるのだ。そして、いつか雪解けの春の日に、青き海へと帰り、うれしうれしとなる時を信じる力にもなっていく。

 ドヴォルザークの「新世界」交響曲が、新世界(新大陸アメリカ)より故郷チェコを想う、という設定の楽曲だと知った時、意外な気がしたことがある。カラヤン指揮ベルリン・フィルのスピード感あるソリッドな演奏で聴いていた私は、来るべき宇宙的大転換の向こうの新生地球を感じていたからだ。
 奥深い哀しみや郷愁と、未来大転換への希望の光は、メビウスの輪のように繫がっている。これがこのたびのテーマかな。

 
 そろそろ年が明けますね。
 22分後を先取りして、挨拶しておきましょう。
 信念、開けまして、おめでとう。
 喪中のかたには、哀しみにありがとう。


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Twitterに合わせて、ハンドルネームを「五右衛紋☆Rhapsody」に変更しました。( 旧ネームは「三斗Ra隼人」、Twitterは「五右衛門☆Rhapsody」)


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プロフィール

1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

五右衛紋☆Rhapsody

Author:五右衛紋☆Rhapsody
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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