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『東周英雄伝』 ~「忠」の考察 ~

2005,,26
 ネット通販で古本(漫画)が購入できることを初めて知った。12~15年前の初版で、すでに絶版となっている鄭問(チェン ウェン)/著、徳田隆/翻訳の『東周英雄伝1~3』をゲット! 各界のクロウト筋が絶賛する名著であり、歴史漫画の金字塔と言っていいだろう。

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 画の迫力と格調高さはすでに漫画の域を超えているが(すべて筆で描き分けているという)、読みきり短編の中に凝縮された歴史の重みと、生き生きと語りかけてくる登場人物の息づかいが、何度読んでもため息の出るような深い感慨を呼び起こす。
 なぜ、今、読み返す気になったかと言うと、どうしてもひっかかってくる「忠」の思想について、もう一度ルーツを探ってみたかったから。そもそも日本の武士道の中に流れる「忠」と、本家本元の「忠」は、違うんじゃないのか? 昔この漫画を読んだ時の、その強烈な印象を思い出したからだった。

 主君に「忠」であることの美徳は、中国の儒教思想が本家本元であるように言われている。日本では『南総里見八犬伝』で有名な、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つの徳目のうちのひとつ。なぜか近代以降の日本では、ことさら「忠・孝」が儒学のイメージとして定着している。私の親くらいの世代では「国に忠、親に孝」という定型句が、すぐに口をついて出てくるだろう。
 孔子のオリジナルと日本の儒教ではかなり隔たりがありそうだが、そもそも中国の儒教自体が時代によって変遷している。少し調べてわかったことだが、孔子の本来の教えは、国を治める君子のための「五常の徳=仁・義・礼・智・信」が根幹であった。 後の宋代になって『孝経』という書物が付加され「仁・義・礼・智・信」の五常の徳に「忠・孝・悌」が添加され、その後の儒教では、もっぱら従属する側の「忠・孝・悌」が強調されるようになっていった、とのこと。……やっぱり!

 つまり、孔子の学問は、今風に言えば実践的リーダーシップ論であり、組織の経営哲学のようなもの。上の者がいかにあるべきかを、普遍的な真理の立場から究明したものであり、下の者が何が何でも上を敬い、従うことを強いた戒律ではない。
 神による普遍的な救いを求めたのがイエスのキリスト教。万人が自己の内なる“君主”となるべく、自己救済の王道を示したのが釈迦の仏教。孔子はもうちょっと実際的な“この世”の指針として、政治リーダーに普遍的な規範を示したのだと思う。
 ポイントは、特定の為政者や集団組織を、一時的に利するための兵法ではなかったこと。だからこそ、孔子もまた後半生は流浪を余儀なくされ、特定の主君には仕えることなく人生を終えた。(サムライ社会から見れば、生涯素浪人といったところか) 普遍的な真理を説き示す者は、特定の時代や権力に受け入れられることは少ない。往々にして、俗権力は自分らだけに有利に働かないものを、邪魔者と見て排除したがるからだ。
 サムライの語源は「侍う(さぶらう)」であり、貴人にボディガードとして“仕える”の意。特定の主君に仕えるサムライの使命と、特定の権力を超えた普遍的リーダーシップを説く孔子の儒教とでは、もともと視点の異なるものではなかったろうか。

 『東周英雄伝』に話をもどそう。
この漫画の中にも孔子は出てくるが、案の定「忠」とは無関係。(英雄ノ五 萬世師表)「忠」にまつわる逸話は、むしろ他の人物伝の中に散りばめられている。そもそも「忠」という概念は、国が常に存亡にさらされる厳しい戦乱の世で(儒教とは無関係に)自然発生した、有名無名の戦士や軍師達の魂の叫びではなかったか、という気がしてくる。
 どこの国のどの時代の兵士であろうと、国を守るために死を覚悟させられるのは常である。日本の武士道だけが特別だったのではない。(むしろ、戦乱の世が過ぎ去ったからこそ、ことさら「死」を復唱していなければ士気がたるんでしまう、というのが「武士道」の発端ではなかったか?というのが私の仮説) その「死」を自他にどう動機づけし、納得させるか。それが、日本の武士道と古代中国では違った気がする。中国では、「忠」が、「名(名誉)」と一対になっていたようだ。いや、「名」こそが主体であり、「忠」はその目的に付随してくる方便だったのではないか。
   
春秋の乱世にあっては 
男児の生命は まるで
蟻のように軽かった
だからこそ 彼らは
常に生命を賭けて
歴史にその華麗で壮絶な生涯を
書き残そうとしたのである
(英雄ノ十五 壮絶三勇士)

 即ち、武勲を立てて名を残すことが、自分の家族や血族の生活を優遇してもらえる方便につながったからだろう。
 この時代に「国」という存在は絶対的な前提であり、どんな愚かな君主だろうが、平民の側からすれば、そこから離れて生きながらえることはできない。(今の時代だって、ちょっとたがが弛んでいるだけで、本質的な状況はそんなに変わりない気もするが……) である以上は、逃げも隠れもせず、置かれた状況の中で命を完全燃焼すること。そして、後に残る者に、少しでも良い影響を残すこと。その行動表現が「忠」だったのだと思う。つまり、どこまでも自分の側(自己責任に基づく血族主義)に主体がある「忠」であり、日本型のように特定の上部組織に同化して溶け込もうとする「忠」ではない。
 どちらにも良し悪しあるだろうが、私はなんだか古代中国型のほうが好きだ。(もっと大きな、自然とか地球とかに対してなら話は別だよ。それだったなら日本的な無私の同化のほうが好きだよ) 今風に言うなら「自己責任の忠」であるから、たとえ裏切られても捨てられても、未練がましく女々しい責任転嫁にはならない。
 乱世においては、忠義を尽くすも裏切るも命懸け。どっちみち命の保障はない。波乱万丈に生きるも平凡に生きるも、命の軽さに変わりはないのだ。だからこそ、懸命に生きて死に、少しでも重んじられるような名を後世に記す。「人の命は地球より重い」とあやされて、逆に生命が軽佻浮薄になる時代とでは、裏返しの皮肉である。

 ところで、鄭問さんは台湾の人だが、中国の歴史と民族に対する深い愛情に裏打ちされた、本物の歴史観を教えてくれる。(どこまで事実に忠実か、という資料価値はよくわからないが、そうした枝葉の詮索を超えた、厳しい詩情がある) 昨今の共産中国では、決して教えていないことだ。国民が愚民化するとは、どういうことか? それは本物の歴史に学ばない、ということだろう。日本も決して他人事ではない。

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スタミナ不足で、ながらくこのブログを放置しておりました。ぼちぼち再開しようかと思いますが、操作のしかたがすぐ思い出せず、コメント認証待ちのかたなどおられましたら申しわけありません。


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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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◆Date:2005年04月
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