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国産みのサンクチュアリ(聖跡)、おのころ島神社

2008,,05
                俯瞰

          鶺鴒

     △上:おのころ島神社、上空からの俯瞰。おのころ島神社 より転載。
     △下:神話で夫婦神に交合を教えたという鶺鴒(セキレイ)。ハクセキレイ より転載。



 5月5日のおのころ島神社。(本当は「自凝島神社」と漢字で書くのが正式らしい)

 これが、かつて三大鳥居のひとつと言われた大鳥居。駐車場で会った地元のおじさんは、日本一だと自慢していた。
 柱の麓のMy奥さんと比較すると、やはりでかい!
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 それにしても、赤いのはなぜ? 赤い鳥居は、稲荷・弁天の他には、宗像・住吉などの南方海人系(社殿が朱塗り)、あるいは伏見稲荷・祇園八坂(牛頭天王信仰)・松尾大社などの裏に見え隠れする、秦氏など渡来部族系の神社と言う説もある。では、日本発祥の原点とされる国産みの神社が赤いのはなぜだろう。
 いつの頃からか、夫婦神イザナギとイザナミを紅白で表すという慣習もあったらしい。父神イザナギの幽宮である伊弉諾神宮が白い鳥居とすると、夫婦神のかつての新居とされるおのころ神社が赤なのは、新婚時代は女性上位だったということだろうか。
⇒日本書紀 巻第一 国生み

 『記紀』神話では女(イザナミ)が先に声をあげたのを不吉・不祥として、国産みをやり直させているが、これは大陸系の封建道徳(夫唱婦随・男尊女卑)の列島侵入による、文化の書き替えを暗示してはいまいか、と常々疑っていた。だいたい、先にリードしてエスコートするのが男の場合が多いのはよいとして、いざいたすその時に、先に声をあげるのは女というのが定番だろう。男が勝手に先走りして声を張り上げたら、気持ち悪くはないか? (なんのこっちゃ?!)
 いや、そういう話ではなくて、深遠なる陰陽の摂理としてなのだろうが、正直、どうでもいい話だ。そういう上っ面の形式的なところに、陰陽の妙はないんだよね。
 民族の侵略があると、たいがい男は殺され、女は妾として戦利品にされる。ところが年月が経つうちに女は妾腹で子を産み増やし、先住系の信仰や文化を子孫に伝えていこうとする。ここに「表:征服民族」の父系社会と「裏:先住民族」の母系社会との軋轢・葛藤が生じ、征服者の父系文化は、これを官製の「正史」や「伝統」によって抑え込むことに躍起となる。その象徴的表現が、国産みのやり直し神話だったのではないか。

 まあ、これは私説なので、ひとつの異説・仮説として読者の胸にしまっておいて欲しい。ちなみに私の敬愛する出口王仁三郎も、この神話については、やはり旧来の「夫唱婦随」の教訓として解釈していたようだ。
⇒男女の道(昭和七年十二月・玉鏡)
 但し、このお方はいろんなところでいろんなことを言っているので、必ずしも首尾一貫しない発言も多い。(神託としてではなく、肉体身の個人の考えとして書いた随筆などは、どうしても時代の制約を受けている気もする) 一方では、天則違反の結果、不具の子として生まれた蛭子(ヒルコ)が、実は救世神=素戔嗚の前身であったような暗示もしていたと記憶する。
 また、続・大本とも言うべき『ひふみ神示・日月神示』では、蛭子・淡島の二神を(『記紀』の記述にあるように)「葦舟に乗せて流し棄てた」とか「御子の数には入れなかった」とはしていない。単に「この御子、国のうちにかくれ給いければ」と表現しているだけだ。
⇒ひふみ神示,日月神示

 さらに謎を深めるのは、『日本書紀』の「一書」にチョイ役としてしか登場しない謎の女神=菊理媛命が、この神社に配祀されていることである。
⇒菊理媛神 - Wikipedia
⇒菊理媛
 いわゆる泉津平坂・黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)での夫婦神の決裂場面において、父神イザナギに耳打ち助言した女神とされているが、仲を調停し、場を収めた女神と賞賛されつつ、結果、二神は決裂しているのである。ここらへんにこの女神のパラドックスがある。
⇒禊祓
 この女神について謎解きし始めると、またまたやっかいなことになるので別の機会に譲ろう。
 ただ、推測しうるのは、過去の決裂の場に立ち会ったということは、未来の復縁の場にも立ち会う可能性がある。そういう予言的役割を担った、極めて重要なポジションの女神ではないか、ということである。


 伊勢と同じ神明造りだが、わりとコンパクトな本殿。
 手前の「百度石」が妙に存在感がある。ここを起点に本殿前を往復して、お百度を踏むためのものだろう。それだけ熱心な参拝者が多かったということだろうか。
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 あちこちに和歌や言霊が刻み込まれた石碑がある。
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 本殿横にあった「御神木」の社。中には古びた木の切り株がある。由来は不明だとか??
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 左奥に「八百萬神社」という、※全国でもここだけであろう境内摂社がある。(※ここだけではないそうです。モリ@久留麻さんのコメント参照)本殿のほとんど後ろに隠れる形だが、けっこう強いパワーを感じさせるスポットだった。
 こちらは真っ白な鳥居で、横に願かけの絵馬が溢れるように掛かっている。
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 本殿の斜め手前あたりにある鶺鴒石。
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 説明版もあったのだが、写真を撮りそびれた。と言うのも、ちょっと下世話な連想をさせて、格調高い(?)我がブログに載せるには気がひけたからだ。
 
 『日本書紀』の「一書」によると、夫婦二神が天にまで届く柱の周りを回るというオカルト的な儀式の後、今度はえらく人間的で具体的な男女交合に到るのだが、いざその時になって初体験の二神にはやり方がわからない。そこに鶺鴒(セキレイ)が飛んできて、動きのデモンストレーションをして教えてくれたというのだ。
⇒イザナギとイザナミが生んだ神々
 学者先生などはこれを体位のことかと解釈して、「古代日本の体位は背向位が主だったのではないか」などと大真面目に論じているが、おい!そりゃあ違うだろ?
 「そのとき鶺鴒が、飛んできて頭と尻尾を動かした。二柱の神は、その様子を見習われて、交わりかたを知った」と、ちゃんと“動き”のこととして書いてあるのに、何で体位の話にしちゃうんだってば!
 鶺鴒のつがいが、そこで雌雄交合の実演をして見せたわけではないのだ。おそらく、(実際の生物の交合とは何の関係もない)鶺鴒が尻尾をリズミカルに上下に振るしぐさを、人間の性行為の動作と重ね合わせた擬人的なイメージだろう。もちろん、そんなことが神話時代にあったわけはなく、後世の人の遊び心からくる、挿入された寓話にすぎない。

 その昔、ラジオの深夜放送の投稿体験談コーナーで、「ぴょんぴょんゲーム」などという隠喩的表現が流行ったことがあったが、うぶな中学生だった私には、なにが「ぴょんぴょん」なんだかさっぱり見当がつかなかった。書物で詰め込んだ知識で頭がいっぱいの学者先生も、その頃の私と五十歩百歩であり、鶺鴒の尻尾に「ぴょんぴょん」のコツを教えてもらう必用がありそうだ。(YouTubeに鶺鴒の動画でもあれば貼り付けたいところなのだが、すぐに見つからなかったので残念!)

 ここまで書いといて、私も「下世話な連想で気がひける」もないもんだね。こんなことなら、ちゃんと説明版の証拠写真も撮っておくべきだった。

 なお、このての日本神話の下ネタ話は、江戸時代の川柳などでよくからかわれている。
⇒『ネットワーク テーブル』第86号
 だからと言って、いちいちむきになって反駁しないのも、日本神話のおおらかさかもしれない。

 この神社の境内自体が、古墳のようにポッコリと盛り上がった地形になっているのだが、その周囲は城の石垣のようにも見えてくる。
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 その城壁の側面の麓あたりに、安産の「御砂所」がある。昭和生まれの私には用法不明。御守り袋に聖地の砂を入れて、腹帯にでも巻いたのだろうか。
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 水を張ってないお堀のような「五十鈴川」は、さらに城のイメージを強める。
 朱塗りの東屋のような建物が何なのかは、よくわからなかった。出入り口の鉄柵に鍵がかかっていて、中央に井戸のような四角い枠があり、蓋がしてある。当初はここに水道でも引いてあって、ここから水を流す予定だったのかもしれない。
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 水無し五十鈴川のほとりにたたずむ分社。「葦原国分社」と「天の浮橋分社」があるらしいが、写真はどちらだったかわからない。
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 そもそも神話に言う「おのころ島」とは、夫婦二神が天上から天之瓊矛(アメノヌボコ)で泥海を掻き回し、その先からしたたらせた塩水が凝り固まってできた島のことである。この地球上に初めて固成した島に、夫婦二神が天上から降臨し、そこでいよいよ地上の国生み・神生みが始まるのである。
 よく『聖書』志向の強い人は、イザナギ・イザナミの夫婦神をアダムとイブになぞらえようとするが、決定的に違うのは、アダムとイブはあくまでも、全能なる絶対神に罪の赦しを請うことによってのみ存在しえる「被造物」にすぎない。イザナギ・イザナミの場合は、彼ら自身が、その後の全国土、全生命を生み成した中興の創造主なのである。

 さて、その「おのころ島」だが、この神社のある小高く盛り上がった丘がそれなのだという。古代ではここも海岸線の入り組む入り江であったが故、本当に離れ小島だったというのが、「おのころ島神社=おのころ島」説の言い分だ。
 しかし、おのころ島の位置については、他にいくつもの異説がある。
⇒淡路島の地域資産
⇒伊邪那岐(伊弉諾)と伊邪那美(伊弉冊)の国生み(島生み)|聖地 日本の神社|「月の光」
 私はこの中で、「沼島」説に妙に惹かれている。
⇒沼島神社紀行 onokoro
 沼島には観光客も渡れるらしいので、次回、淡路に行くことがあったなら行ってみたい場所だ。

 このシリーズで探ったとおり、北淡は有史以降の大和朝廷のカルマと連動した史跡が多い。しかし、神話時代の太古のサンクチュアリ(聖跡)を探るならば、南淡路のほうに濃密なものを感じる。今回の紀行で、それがおぼろげながらわかってきた。

(つづく)
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三斗Ra 隼人(管理人)
> 八百万神社は他にも有ります。

遅ればせながら、本文に注釈を入れておきました。
2010.10.05 10:38
三斗Ra 隼人(管理人)
石屋神社はリストにあげておいて、時間が足りず行けなかったところです。お話を伺い、さらに興味を増しました。
2010.09.08 08:02
モリ@久留麻
八百万神社は他にも有ります。
淡路島北端、明石大橋の近く岩屋地区。
石屋(イワヤ)神社の境内社で御社殿は北向きに御鎮座。
小振りながら結構立派なお造りです。

こちらの石屋神社は本来は一キロ弱北側の岩山「三対山(=神体山)」に太古より御鎮座でしたが
戦国時代に岩屋城の築城の煽りを受けて現在地へ御遷座。
御祭神は国常立尊。伊弉諾尊。伊弉冉尊。の三柱さまを併せて御名を『天地大明神』と申し奉る。
別名は、『絵島大明神』
三対山の麓には意味深な洞窟があり、中には岩楠神社(=蛭子大神)をお祀りする。
この洞窟と岩楠神社は伊弉諾神宮の摂社で伊弉諾大神の幽宮の伝承地の一つ。
***(宮岳(屋久島)~剣山~大麻比古神社(阿波一宮)~)伊弉諾神宮の北東、鬼門に当たります。)
また、この洞窟を覆い隠すように恵比須神社が御鎮座。

地元では蛭子エビス大神はこちらでお生まれになり、前の浜(現在は岩屋港)から明石海峡に岩楠舟(葦船)に乗せられ流されたとの言い伝えがあります。
故に元エビス神社とも言います。
明石海峡の突端、松帆には恵比須神社「分神」があり明石海峡を見守ると共に神々の淡路島の玄関口。
吹き晒しで北北東向きに小振りながらもリンとして在り、参道は無く(海岸ですぐに海)、鳥居を潜ると即社殿。
あたかも淡路島神(=伊弉諾尊)を拝礼するが如くの配置。

石屋神社は往古、神功皇后が出征の砌、三対山に参拝し天地大明神に戦勝祈願と帰還の際は報賽を捧げ奉ったと言われます。
真東(チョイ北)の対岸には住吉大社。
前浜に浮かぶ小島。名勝、絵島(♀)と大和島(♂)は恰も夫婦岩のようで三対山の天然の鳥居のようです。

現在の石屋神社にはちょっとした仕掛けがしてあります。
春分、秋分の日。生駒山に差し昇った朝日の光は長屋門の神門を駆け上がり本殿を射抜きます。
(前之浜が埋め立て整備されて今はちょっと残念な事に成っています)
また、全国的にも珍しい大きな十二支の方位磁石が拝殿の天井に設定されています。

2010.08.26 00:53

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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Author:五右衛紋☆Rhapsody
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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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