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舟木石上の巨石祭祀跡 ~ 国産みの島、淡路③ ~

2008,,06
              舟木石上

          △舟木石上の巨石群の配置図。石上神社の聖石 より転載。


 5月6日
 舟木石上の巨石祭祀遺跡はわかりずらい場所にあると、事前にネット情報で調べていたので、念のため宿のフロントで訊ねてみた。今はよほどのマニアでもなければ行くような場所ではないらしく、年配のフロント・マンは、パソコンの使い手である若い者を呼びつけて調べさせていた。二人とも島の人間なのだが全くわからない様子で、タクシー会社や町の観光課などにも電話をかけまくって、知りうる情報を集めてくれた。
 その行動が迅速なのには驚いてしまった。決して営業用のパターン化したリップ・サービスではなく、実に素朴でフレンドリィなのだが、熱心で的確で無駄がないのだ。若い方のフロント・マンは「時間があれば、自分もいっしょに行きたいところだけど」とまで言ってくれた。神話の島に生まれ育ちながら、まだ何も知らないことに、未知への期待を膨らませているように見えた。知らないことがコンプレックスにならず、プラス思考の好奇心になるところが、いい性格をしている。

 結局、私がネットで調べた番地をナビに入力して行けば、迷うことなく着ける場所だった。瀬戸内側(播磨灘側)の街道から、ちょっと内陸に入りこんで登っていく、こんもりと小高い丘陵地にある。
 舟木石上“神社”と表記するサイトも多いが、実際は社殿も社務所も何もない 、鬱蒼とした杜(もり)の中にある巨石祭祀の古代遺跡である。

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 遺跡のすぐ前は私道のような素朴な風景だが、道の反対側にはちゃんと駐車場らしきスペースがある。児の手柏(コノテガシワ)を尖がり頭にしたような針葉樹の列が、むこうの薄暗がりへと吸い込まれるように続いている。南国の強い日差しの中、揺らめく炎のような樹木の輪郭は、まるでゴッホの絵のようだし、その奥の暗がりのコントラストは、マグリットの絵のようでもある。
 遺跡の斜向いにはごく普通の民家があるし、隣接する土地の奥のほうにもペンションか別荘のようなウッディな建物があり、庭で談笑している人達が見えた。日常と非日常、現代と古代が交錯する、実に奇妙な景観だ。このへんの住民は、この遺跡をどう思い、どの程度の認識や愛着を持っているのだろうか。

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 遺跡の杜の入り口の鳥居と、説明板。
例のNHK「太陽の道」の番組のことに加えて、女人禁制の歴史的・宗教的根拠が説明してある。古来、朝日を迎える座では男性が祭事をつかさどってきたので女人禁制。当地では今なお里人の間で固く守られている、とある。
 これを受けて、ともかく女人禁制!と書いているサイトやブログが多く、私も妻を連れて入れる場所なのかどうか最後まで迷ってしまった。宿の人がタクシー会社に聞いてくれた情報では、誰も取り締まる人などいないし、特に迷信深い人でもないなら好きにすればいいんじゃないの?みたいな、ずっこけるような鷹揚な返答だった。
 現地まで来てみると、「(女人禁制が)今なを固く守られ」というのも実は本当なのかどうか疑わしくなるような、のどかでバリア・フリーな雰囲気に満ちている。

 夕日を送る座では女性が祭事をつかさどった、とも書いてあるので、「じゃあ、そこでは男子禁制だったの?」と妻が切り返す。ごもっとも様だが、そんな話は聞いたこともない。My奥さんはその種の因習とほとんど無縁に育ってきた人間なので、それ以上、話しても無駄。それでは女を捨てていただきましょう!と、かけ声一閃!小さな鳥居をくぐったのだった。
 (「日を迎える座=朝日」の祭祀が男性、「日を追う座=夕日」の祭祀が女性という説明は、一見もっともらしいが、古代における普遍的な慣習ではないだろう。私自身、初耳だし、陰陽配合の法則からいったら、むしろ逆のような気もする。陰と陽、陽と陰が結びつくのが王道であり、朝日と男、夕日と女では、陽+陽、陰+陰の同性愛になってしまいそうだ。
 女人禁制の山や島があるのは、山の神や海の神が女神である場合、女神の制御不能な嫉妬心によって、霊的に過敏体質の女性に危害が及ぶことを避けるため、という説明を読んだこともある。ローカルな自然霊は、決して聖者のように公明正大に悟りきった存在ではないのだな)

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 鬱蒼とした杜に一歩踏み入れてみると、そこはやはり異界。原初の森へタイムスリップしたかのような異様な空間だ。

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 いつ頃の時代から設置されたものだろう。正面にある小さな木造の祠。(最初からあったものではなかろう?)
 その前に立ったとき、妻はゾクッ!ときたという。私もこの祭祀場を守ってきた古代人の姿が、一瞬、脳裏をよぎった。洗練された縄文人というより、旧石器時代のナントカ原人ような、野趣あふれるビジョンだった。
 最初のその一瞬だけで、原始人オーラは霧散して消えたのだった。察するに、ここの原人さん達の霊魂はかなりナイーブでシャイである。がさつな現代人が入って来たので、むこうもさぞビックリして、ほとぼりがさめるまで身を隠したのだろう。
 脇の「稲荷社」の参道らしきものの横に座って休憩し、弁当まで食べさせていただいた頃には、すっかり気配も変わり、普通の気持ちよい木陰になっていた。

 巨石の配置はトップの図を参照して欲しい。
 ストーンサークルというには雑然とした配列だが、この小さな森の中にこれだけの巨石が密集しているのは、やはり人為的な祭祀の場であったことに違いはないだろう。
 しかし、これが「太陽信仰の祭祀場」とされたのはNHK水谷説以降のことであり、実はさしたる確証はない。地元の人々が「岩石に荒神(コージン様)を見出して祀っている」ということ以外に、祭祀対象の性格は分かっていなかったということだ。
(ここで詳しくは論及しないので、次のサイトを参照してほしい。⇒石上神社の聖石
 しかも水谷説では、ヤマト王権下の日置部(ひおきべ。日の神を奉ずる氏族)によってなされたものと説明していたらしいが、私の直感ではそんな“新しい”ものではない。そもそも卑弥呼の邪馬台国からヤマト王権に受け継がれた祭祀こそが日本最古の王朝ルーツ、という発想が、私の中にはさらさらない。“それ以前”にこそ、本当の古代ロマンが始まるのである。


 それでは、巨石群を左回りに巡って行った写真を並べてみよう。

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 正面の祠の真後ろの岩を、右側面から見たところ。意味ありげに囲まれた空間があるが、写真左側の二つの巨石の間に、さらに人間が入れるくらいの狭い隙間がある。不敬にも?妻は挟まって、私に記念写真を撮らせたのだった。(ここでは秘仏?として非公開とする)


 巨石とのコントラストのせいか、樹木がひょろひょろとして勢いがないかなあ。
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 80~90年代のブーム時はもっと訪れる人も多く、もうちょっと樹木の世話がされていたのだろうが、現在は放置され、やや荒れている感がある。

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 木造祠から見て、左側面やや奥にある横並びの「列石」から、その向こうの女陰形の石組みを眺める。ここが祭壇だったのではないかと、重要視するむきもあるようだ。
⇒全国の磐座(いわくら) 巨石 淡路島 舟木石神座
 どこが正面であったかなど、後世の解釈で変わってしまうだろうが、「女陰」という解釈も、私にはファジーにすぎる。二つの立石が倒れて寄りかかればこれくらいの造形にはなるだろうし、多産豊饒の信仰というなら、もっとハッキリとした男石と女石の祭祀跡がありそうなものだ。
 結局、後世のインテリゲンチャがああでもないこうでもないと、屁理屈をつけて楽しんでいるだけのような気がする。というのも、私にはここが、他の磐座遺跡に時として感じるような、天地宇宙にも通ずる古代信仰の祭祀場だったインスピレーションがないのだ。根源の大神にコンタクトするための磐座祭祀と言うより、この世の人間の生活臭が強く、しいて言うなら古墳や陵墓のような印象を受ける。

 しかしながら古代の生命感では、死と生は連続している。死出の旅路としてのあの世への出口は、同時にこの世へ出生してくるための入り口であった可能性もある。舟木の「舟」もそこに関連していて、あの世とこの世の霊魂の渡し舟を象徴していたような気がしてならない。だが、それはあの世とこの世のミディアム地帯の、ある種、人間臭い祭祀場なのであり、“超えて”しまった神々への祈りの場ではないのだ。……たぶん。
 
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 ぐるっとひと回りして、また祠の前を通過し、やや遠ざかったところ。


 水谷説ではこの舟木石上遺跡が「太陽の道」の西端となるが、同じく「太陽の道」の線上にあるとされる、伊勢の森や伊勢久留麻神社へもアクセスしてみた。

(次回につづく)

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モリ@久留麻
淡路島域の磐座や寺社、土着の様々な祭祀に関しては昔から色々と調査研究なさっている方々もあり、
一応の磐座、神籬岩のラインナップ(30カ所前後)が簡略地図上に印されたものも有ります。(洲本市の書店で配布、書籍発刊)

沼島の岩礁。立神岩(逸物・・・沼島の観光写真には定番)と平バエ岩(ヨバイのベッド)、名称失念の今は崩落した洞窟が貫通Ωしていた岩礁(♀)

「沼島の立神岩」は偶然写真で見た隠岐の島の日本海にそそり立つ「立神岩」(夕日とセットで有名)と偶然とはいえ形態がまんまソックリで驚きました。
もし説明文が無いと間違えてしまいそうです。

北の端岩屋地区の岩礁の小島。絵島。
隣のやや大きな大和島の立神岩はイザナギ様の逸物。石屋神社の元来の御神体山の岩山。三対山(城山)の洞窟(磐樟神社が御鎮座)はイザナミ様のホト(女陰)と言われます。
件の石上神社の磐座群。
岩上神社の巨大磐座。(伊弉諾神宮の奥の院とも言われます)
伊弉諾神宮境内。(私には不明)
先山。多数有る?
洲本市の三熊山(先山の冬至の日出方向で延長線上には本物の熊野本宮)の磐座。

既知とは存じますが(石)はイワまたはイソとも読みます。

話は違いますが、某サイトで
何か「ワケは不明だけれども多くの山岳修験道の行場聖地は不思議と淡路島を望むようなカタチに為っている」と言われる方がいました。

また、「原初の修験道は淡路島に始まり広まった。」との説も有るそうです
2010.08.28 19:49

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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Author:五右衛紋☆Rhapsody
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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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