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キリストの墓 in 青森

2009,,22
 キリストの墓が日本の青森県にある、という話は以前から知っていたが、いかにも「ルパン三世」的ジョークな存在感で、5年くらい前に十和田湖に旅行した時も、標示の看板を見ながら無視して帰ってしまった。
 ところが、いつ頃からだろうか、東北の磐座に引き合わせたのがきっかけで、妻が不思議巡礼に目覚めてしまって、資料をあさりながら次々と候補地を挙げてくるようになった。そして、この度、B級スポットではあるが、ついに三戸郡新郷村の「キリストの墓」に墓参り(?)することと相成った。

 キリストの里公園(「キリストの墓」がある公園)は十和田湖の東20キロ程の、国道454号線沿いにある。
(↓入り口の案内地図)
39484146_3218774759地図版

 新郷村のあたりは古くは「戸来(へらい)村」といった。発音が「ヘブライ」に似ていることもあり、いかにもな印象を与えてくれる。
 一戸、三戸、八戸・・・などの地名は、今もよく聞く地名だが、その昔は一戸から十戸まで揃っていて、この十の部落がユダヤ(イスラエル)の失われた十支族に対応していた、それらを総称しての「戸来村」だったのではないか、などという説を読んだ記憶もある。
 また、「戸来」を「とらい」と読むと、「渡来」にも通じそうだ。遠くから渡って来たことの象徴だろうか。

 この種の「日ユ同祖論」というと、好きもの歴史愛好家の間ではかなり以前から流布されていて、歴代の出版物や関連サイトを調べてみても、軽く100は越えるのではないだろうか。テレビの特番などでもことあるごとに紹介されていて、民間レベルでなら今やポピュラーと言ってもいいくらいのネタのはずだが、未だに強いアレルギー反応を示す人、ある種の執着とも言えるようなロマンにふける人、全く無関心な人、およそこの三つの極端に分化する傾向がある。
 私自身の考えもいずれ整理しておかなくてはならないが、最近は客観的な中庸路線のサイトも登場してきたので、とりあえず自分とさほど遠くない意見を下記に紹介しておく。↓
⇒http://www.geocities.jp/cavazion/es230.html 日ユ同祖論自体は否定しつつ、日ユ同祖論への反論に反論する:キーワードは「全部と一部」―――そして今明かされる裏シオニズムの謎―――
⇒http://blogclub.livedoor.biz/archives/50219369.html 日ユ同祖論2ダ・ヴィンチ・コードの解説!
 ↓総合的に整理された情報量ではこちら。
⇒http://hexagon.inri.client.jp/floorA3F_hb/_floorA3F_hb.html 「日ユ同祖論」の謎 (「ヘブライ人渡来説」の研究)

 それはそれで良いとして・・・・・・。
 十字架上で死んだはずのキリストが、ひそかに日本に渡来し、長寿を全うした後、日本で死んでいて、そのお墓まである、・・・となると、いかがわしさのボルテージは別次元である。
 この「都市伝説」ならぬトンデモ「田舎伝説」を流布した張本人は、世紀の奇書『竹内文書』を世に出したことでも有名な、竹内巨麿(たけのうちきよまろ・おおまろ1875? ~ 1965年)なる怪人である。
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E6%96%87%E6%9B%B8 竹内文書 – Wikipedia
                         156946竹内巨麿2
            写真↑http://ascension.mikosi.com/ 心&身魂のアセンション より

 しかし、戸来村の「キリストの墓」を一躍有名にしたのは、巨麿の説の信奉者となった山根キク女史の働きも大きかった。
                       kik3山根キク1
            写真↑http://web.sugiyama-u.ac.jp/~yamane/orenti/kik/kik.html 山根キクの紹介 より
キリストは日本で死んでいる (たまの新書)キリストは日本で死んでいる (たまの新書)
(1994/06)
山根 キク

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 竹内巨麿伝の『竹内文書』によると、モーゼも釈迦もキリストも神農も老子も孔子もマホメッドも、みぃ~んな日本に表敬訪問して神宮に参拝し、教えを受けているという。但し、ここで言う「神宮」は伊勢のことではなく、巨麿の奉ずる天津教の「皇祖皇大神宮」のことであり、もとは富山県にあり、巨麿の代に茨城に遷された。
⇒http://kotora888.fc2web.com/kouso.html 皇祖皇太神宮
⇒http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/ibaraki/kitaibaragishi/kouso/kouso.html 皇祖皇太神宮
 キリストなどは若年時代に日本で修行してから、彼の地へ布教に向かったとされている。その後、十字架にかかって死んだのは弟のイスキリで、キリストはシベリアを横断し、アラスカから船に乗って青森県八戸に上陸した。名前を「十来太郎大天空」と改め、ミユ子という女性と結婚して三人の女子を授かり、106歳の天寿を全うし、この地に没したとさ。

 ↓公園内の説明版から。「一書によると・・・」の類ではなく、臆面もない表現に常識も麻痺する。
               39484146_4238443470説明版1
                39484146_2752203013説明版2

 荒唐無稽と言ってしまえばそれまでだが、(象徴的にであれ)イエスに双子の兄弟がいたとする説は、『新約』の外典(正典としての四つの福音書に組み込まれなかった、それ以外の福音書史料)にもあったはずで、一笑には付せない“何か”がある。
⇒http://d.hatena.ne.jp/Cosmopolitan/20090910/1252590253 トマス福音書を読む - Cosmopolitan’s Diary
⇒http://www.gameou.com/~rendaico/religion_christ_tomasufukuinsyoco.htm その他福音書各書考(トマス福音書、死海文書、ユダ福音書他)
⇒http://f35.aaa.livedoor.jp/~shinri/Jesus.html イエスのミステリー
 また、イエスは二人居たという説は、近代神秘思想の巨星ルドルフ・シュタイナーも唱えていたし、イエスが日本でも布教していたというのは、あの眠れる預言者エドガー・ケイシーもリーディングしていたとか。
⇒http://www.akina.ne.jp/~t.hara/iesu.htm イエスは二人いた
⇒http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1507734 青森県・戸来の「キリストの墓」と「ダビデの紋章」(神話・宗教・民俗学) - ヒロさん日記

 とは言え、「イスキリ」という名はいかにもガキの言葉遊びじみていて安っぽい。そもそも「キリスト」自体が「救世主」という意味であり、個人名ではないのだし。
 また、キリストが存命中に日本に来ていたとすれば、日本は縄文末期~弥生初期だろう。その時代に「ミユ子」という近現代的な名前があるのもおかしい。武将と密教僧侶を合体させたような「十来太郎大天空」しかり。

 しかし、また、富山県出身(?)で京都の鞍馬で修行を積み、茨城で立教した竹内巨麿は、東北に関してはホームグラウンドではなかったはずなのに、全くの無名だった片田舎の塚をまっしぐらに探し当てたかと思うと、その地にはユダヤの風習が色濃く残っていた、・・・・・・となると、やはり何らかの霊感が働く異能者だったんだろうなと思わざるをえない。
 ホントかウソかの二元論ではなく、虚実ないまぜのプロレス的パフォーマンスに、竹内巨麿や『竹内文書』の魅力があるとしてもいいだろう。

 ↓通りを隔てた第二駐車場に立てかけられた看板。
 この地に伝わる盆踊り歌の文句「ナニヤドヤラ、ナニヤドヤラ、ナニヤドナサレノ、ナニヤドラ」は、ヘブライ語で「おまえの聖名を賞め讃えん。毛人を掃蕩して、おまえの聖名を賞め讃えん」の意味であると言う。
               39484146_2350934422看板
 ↑伝承館でこの踊りのビデオも見たが、日本のふつうの盆踊りにしては弾むようにリズミカルで、かつダイナミックな旋回運動が入っていて、(連続旋回ではないものの)どこかイスラムのスーフィ・ダンスやアジアの遊牧民族の影響なども連想させるものがある。

 ↓向いの第二駐車場から、キリストの丘公園の入り口を眺める。鬱蒼とした深い緑に囲まれているのは、「砂漠の宗教」の救世主とミスマッチとするべきや否や。
39484146_4223415774駐車場から遠景

 ↓通りに沿って斜めに石畳の道(参道?)を登っていき、途中で折り返す。
               39484146_3827942233参道?s

               39484146_3042230835参道折り返し

 ↓まもなく左手に沢口家の墓地が現れ、遠景に伝承館がのぞく。沢口家は代々この地の住人だったらしい。と言うことは、キリストの子孫?
               39484146_1024007044伝承館遠景と沢口家墓
 (↓伝承館にある沢口家の説明)
          39484146_541024944沢口三次郎

 ↓墓は丘の最上部にあり、これが正面階段となる。
               39484146_3157923729墓地へ正面階段

 ↓十来塚と呼ばれる「キリストの墓」が、向かって右に。
39484146_3469909665十来塚

                    39484146_1693863408十来塚、立木

 ↓十代塚とされる弟「イスキリの墓」が、向かって左に。
39484146_1929864075十代塚

                    39484146_654038644十代塚、立木

 ↓二基の十字架の墓を、「イスキリの墓」の方向から写す。
 竹内巨麿の一行がこの墓を発見した当時は、もちろん十字架は無く、こんもりと盛り上がった二つの盛り土だけだったという。
39484146_2622502930十字架二基、遠景

 まばらに訪れる観光客が物珍しげに眺めていくが、さすがに拝んでいく人はいない。我々も信仰の対象として手を合わせる気にはなれなかった。しっとりと心落ち着く場所ではあるが、いくらスピリチュアル系オタクであっても、ここを聖地とかパワースポットとか言う人はめったにいないだろう。

 ↓二基の墓の中央に、このような記念の石版が埋めてある。
               39484146_3122915280友好の石版、全景

 ↓何だろうと読んでみると、とんでもないことが書かれていた。
 「この石はイスラエル国、エルサレム市と新郷の友好の証として、エルサレム市より寄贈されたものである。」 平成16年6月6日とあるから、わりと新しい。(6が三つ重なるのも生々しくて、オカルト・ファンに火を付けそうだ)
39484146_3146510225友好の石版 39484146_1296081242友好の石版(続)

 ↓これは上記の言葉の原語(ヘブライ語)だろうか? 石版の中央に刻んである。 
               39484146_3411139131石版ヘブライ語?

 たとえばカトリックであれプロテスタントであれ、キリスト教国の都市が、このような珍説を堂々と掲げる異国の田舎町と友好都市になるなど、絶対にありえない話だ。小説『ダヴィンチ・コード』が世界的ベストセラーになる御時世だから、いちいち「異端」に目くじらを立ててもいられないが、ひと昔前だったら宗教裁判にもなりかねない、噴飯ものの冒涜だろう。
 もっとも、我が国でも、皇室への不敬ということで、竹内巨麿は投獄されたんだけどね。しかしながら、また、巨麿の天津教は、内容的には有史以降の天皇制をはるかに凌駕するウルトラ皇国史観でもあるのだ。
⇒http://www.nippon-bunmei.jp/tsurezure-8.htm 古史古伝の世界(中)
⇒http://www.marino.ne.jp/~rendaico/rekishi/jyokodaico/takeuthibunkenco/takeuthibunkenco.htm 天津教古文書「竹内文書(竹内文献)」考

 一方、古典的なユダヤ教においては、イエスは唯一絶対の救世主ではなく、数多の預言者の中の一人であり、ちょっとばかり新興宗派のラビ(聖職者)という位置付けにすぎない。同じ一神教とは言え、このへんの宗教観の差は大きそうだ。
 また、キリスト教徒が歴史的に喧伝してきたほどには、後のユダヤ教徒に「キリストを十字架に屠った民族」としてのアイデンティティはない。むしろ、「キリストを迫害した民族」というレッテル付けのため、ユダヤ民族を白眼視してきたのは、キリスト教徒の側の歴史的汚点だろう。
 要するに、この件「イエス=絶対の救世主」に関して、たいしてこだわりも関心もないところは、日本人とユダヤ人は似ているのかもしれない。

 ↓教会か児童館のような建物だが、資料展示をしている伝承館という施設。
39484146_1585070190伝承館
⇒http://www.marumarushingo.com/densyoukan.htm キリストの里伝承館

 ↓正面、上方の壁に掲げてあるのは、沢口家の家紋。
                    39484146_1806398189s伝承館の家紋

 ↓似たような紋はいくらでもあるので、ダビデの星と重ね合わせるのは、少々こじつけっぽい気もしないではない。
          39484146_3401753803沢口家紋章


 そろそろ私の結論(仮説)をまとめておこう。 
 いつ頃の時代かはわからないが、ユダヤ・イスラエル民族の風習を携えた何者かが、はるばる渡来して、この地で静かに生を終えた。おそらく、それは確かなのだろう。
 その人物は丘の上に特別な墓地を造ってもらえるほど、風格と教養を具えた友愛精神の持ち主だったのだろうが、特に布教活動をしたわけでもなく、霊的には普通の人間であり、歴史に名を残すほどの人生でもなかった。
 おそらくイエス・キリストよりはだいぶ下った時代、ローマ・カトリック以降のキリスト教には封印されてしまった原始キリスト教の秘史を、家伝として伝承してきた人物だったのかもしれない。もしかすると、イエスとマグダラのマリアとの間に生まれた子供の、何代か後の子孫だったのではないか、・・・・・・そう考えれば、このファンタジーにも、多少の信憑性が出てくるのではなかろうか。


 ↓伝承館の手前横から、下方に降りる階段があり、麓の低地がちょっとした自然公園になっている。時間がないので、途中まで降りて、眺めてから引き返した。
               39484146_1731108304庭園へ下りる階段

  
[追記1]

 『竹内文書』には竹内巨麿とは別系の、南朝系の武内宿禰姓を世襲する家系に伝わる「もう一つの竹内文書」があるというサイトを見つけました。
 参考までに、以下に引用します。

⇒http://f35.aaa.livedoor.jp/~shinri/nantake.html 南朝と竹内文書 より

竹内家には、竹内巨麿とはまったく別系で、南朝の後醍醐天皇の直系として代々がある。竹内巨麿は養子だったが、こちらの竹内家は、代々実子に受け継がれ、現在七十三世の竹内睦泰氏にいたっている。この南朝竹内家は、門外不出の口伝を中心とする古神道の秘儀をも伝えているという。巨麿の竹内家が、越中の婦負郡神明村を拠点とするのに対し、睦泰氏の竹内家は、武内宿禰の墓があるとされる越中の射水郡二上山を祭祀拠点としている。また全国の二上山でも祭祀を行なう。

南朝竹内家には古神道の口伝のほかに、・外伝としての文書なども伝えられている。睦泰氏によればこの秘伝の文書は、『竹内文献』とは共通の部分もあるが、本質的には別のものであるという。
南朝竹内家の当主となるときは、武内宿禰の霊を受け継ぐ「霊嗣の儀式」が行なわれ、「武内宿禰」の称号とともに「南朝越中宮家」の名も世襲される。

南朝竹内家の行法には、言葉の霊力を高める「言霊の行法」「古神道の呼吸法」「息吹永世の行法」、身と霊を清める「藤の行法」、熱湯の中に手を入れ清廉潔白を証明する「くがたち」、剣によって邪霊を祓う「八雲村雲握剣の行法」などがある。

このように、竹内家、南朝竹内家とかかわりの深い越中富山は裏日本の重要拠点であり、『原竹内文献』が存在していた可能性がじゅうぷん考えられる。『竹内文献』の奥のそのまた奥を見きわめていかねばならないだろう。

もう一つの竹内文書の存在

最近になってやっと、そうした竹内文書の「真の歴史」の部分を、別の角度から分析・研究することもできるようになってきた。もう一つの竹内文書があきらかになってきたからだ。竹内巨麿が公開した竹内文書とは別に、武内宿禰以来の「正統竹内家」とされる南朝小倉宮竹内家に伝わる古神道の秘儀や秘伝があるという。正統竹内家には、門外不出の「秘術口伝」を記録した文書があり、これを「正統竹内文書」、もしくはもう一つの竹内文書などと呼んでいる。巨麿が保持していた竹内文書の原資料ではないかと考える研究家もいる。

現在のところまだ、ほとんど非公開のため、断片的にしか内容はわからない。だが、竹内文書と同様に超古代において天皇家の先祖が世界を支配していたこと、キリストが来日したこと、越中を中心とする王朝が存在したこと---など、かなり同じような内容が含まれているという。

とくに興味を引かれるのは、この秘伝・秘術を伝える竹内神道が秘密結社のような存在で、口伝により記録を継承しているということだ。やはりここでも、伝言ゲームではないが、かなり時代とともに竹内文書の原資料を変形していったとみられる。それでも竹内文書が一部改竄される前の「核の部分」、あるいは原日本人の「真の歴史」を知る手がかりになることに違いはない。



[追記2]

『竹内文書』とは全く別に、最近の洋もののチャネリングからの情報源として、キリストが改名してイスキリになった(つまり「キリスト=イスキリ」同一人物説)とするサイトを見つけました。
その後、キリスト=イスキリは東北に定住せず、大和のほうへと向かい、イスキリ名ではない(生存していた)弟が東北に残った。・・・・そんな感じかな。
↓こちらもかなり妖しい臭いはあるけど、参考まで。
⇒http://sora.ishikami.jp/stories/yes.html  ソラの物語


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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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