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イムジン河はイマジン河? (『イムジン河~春~』) 

2009,,31
 年内にもっと紀行ブログをアップしておきたかったのだけど、間に合わなかったので、今回は話題を変えて年末の日記を飾ろうと思う。(読む人は年明けになるだろうけど)


 年末のNHK-FMで、元フォーク・クルセダーズの北山修が『イムジン河』について語る番組を耳にした。(『きたやまおさむのレクチャー&ミュージック』)
 フォークルのデビュー当時、私は小6から中1だったが、当時、青春のカリスマ的存在だった北山修に、さほどの親和性は抱いてなかったように思う。無口で言葉が不器用な子供だった私は、饒舌でポップな哲学的雰囲気に、コンプレックスを感じていたのかもしれない。
 しかし、年を経て醸造された北山氏のトークを久しぶりに聞いていると、実に無駄がなく的確で、しかも肩肘を張らず、やはり時代を象徴する知性の一人だったのだろうなあ、という想いを新たにした。

pukkanイムジン河6
(画像⇒http://hidetaka2009.blog114.fc2.com/blog-entry-48.htmlより)

 まずフォークル版『イムジン河』の成り立ちについてだが、
フォークルのプロデビュー前からの北山の旧友で、作詞担当だった松山猛が、朝鮮学校の生徒から口伝え、耳覚えで聴いた歌を、松山の記憶に基いて加藤和彦が採譜し、松山自身が原意に沿いつつも意味を膨らませて日本語詞を振り当てた(つもりの)ものだったという。



   「イムジン河」
   (松山猛:詞)

  イムジン河 水清く とうとうと流る
  水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
  我が祖国 南の地 想いははるか
  イムジン河 水清く とうとうと流る

  北の大地から 南の空へ
  飛び行く鳥よ 自由の使者よ
  誰が祖国を 二つに分けてしまったの
  誰が祖国を 分けてしまったの

  イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
  河よ 想いを伝えておくれ
  ふるさとを いつまでも忘れはしない
  イムジン河 水清く とうとうと流る


 その時点で彼らは、てっきり作者不詳の朝鮮の伝統民謡と思い込み、世界各地のフォークソング(民謡)の発掘紹介のつもりでいた。ところが、北朝鮮に作者が存命中の現代の曲であり(朴世永原詩・高宗漢作曲)、原曲とはメロディーラインも詞の意義も微妙に違うということで、朝鮮総連を通じて著作権問題でクレームをつけられてしまった。
 特に歌詞の面では、荒れ果てた南の土地に対する北の優越性を示すような、政治がらみのキナ臭い問題が見え隠れするせいか、レコード&放送業界はおよび腰となり、発売・放送は自粛された。(当時の空気は「自粛」というより、ほとんど「禁止」のニュアンスだったと記憶している)

 2番では臨津江の流れに対し、荒れ果てた「南」の地へ花の咲く「北」の様子を伝えてほしいと思いを託す内容である。松山の歌詞では、北の幸せさに対し南を哀れむもともとの2番の歌詞は、分断に対する疑問を訴える歌詞に変わっており、まったく違う物となっている。さらに松山の歌詞には、オリジナルにはない3番がある。
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%83%B3%E6%B2%B3 イムジン河 - Wikipedia 

 しかし、発売中止になったことでかえって人々の記憶に残り、後の世まで語り(歌い)伝えられ、現在では別の新生ヴァージョンまで展開しつつあるという逆説的な側面もある。このあたりの北山氏の解説は、非常に説得力あるものだった。

 何年か前の紅白で、キム・ヨンジャが民族情緒たっぷりに歌い上げる『イムジン河』を聴いて感銘を受けたものだが、これもまたキム・ヨンジャ版のニュー・ヴァージョンなのであり、キム・ヨンジャのために書かれた吉岡治の日本語詞も、必ずしも北の原詞の意に沿ったものではない。(但し、キム・ヨンジャのステージでは、吉岡治の詞と北朝鮮の原詞とを織り交ぜて歌われることが多いようだ)
⇒http://www.youtube.com/watch?v=GOFFjpyVmvI&feature=player_embedded キム・ヨンジャ イムジン河~フルバージョン~
 
 キム・ヨンジャ版で連想するのは、アレサ・フランクリンの『明日にかける橋』だ。サイモン&ガーファンクル『明日にかける橋』は、もとは黒人ゴスペルをヒントに本歌取りしつつも、透明感あるフォーク・ロックのバラードに仕上げられたものだったが、後にアレサ・フランクリンが原点回帰のソウルフルなヴァージョンで再ヒットさせた、という経緯とも重なるものがあって興味深いのだ。

 また「イムジン河」とは南北朝鮮の国境に流れる現実の河のみならず、他のあらゆる国と国、民族と民族、人と人の間にも流れる想像上の河でもある、という解釈には、思わず唸らされるものがあった。
⇒http://www.jinken.ne.jp/kyousei/matsuyama/matsuyama_2.html ふらっと -多民族共生- イムジン河 松山猛さん
 「男の女の間には深くて暗い川がある」という唄にもあったように、川は関係性を断絶する境界であると同時に、『イムジン河』では清く流れて想いを運び一なる海へと帰る「結び」の象徴でもあった。その両面が、根源的には心の中の「想像」や「創造」に依っている。
 この意味で、ジョン・レノンの名曲『イマジン』になぞらえられることもあり、『イムジン河』は日本(東洋)の『イマジン』と呼ばれることもあるのだそうだ。そうか、イムジン河はイマジン河だったのか!と一人で納得してしまった。

 フォークル版『イムジン河』は、この希望的な意味でのイマジン(創造力)を意識して、後に三番の歌詞が書き換えられ、『イムジン河~春~』と題された別ヴァージョンが誕生している。

 イムジン河 春の日に岸辺に花香り
 雪解け水終えて北と南結ぶ
 ふるさとの歌声よ、渡る風となれ
 イムジン河とうとうと青き海に帰る


⇒http://protestsongs.michikusa.jp/korean/imjin-river.html イムジン河 [臨津江] (림진강-임진강) フォーククルセダーズ

⇒http://www.youtube.com/watch?v=a50ce4wn3Xk&feature=player_embedded イムジン河~春~

 いずれにせよ、我々日本人(東洋人?)がこの歌に感じ入る要素は、ポジティブ指向のメッセージソングには希薄な、身を引き裂かれるような哀しみであり、その向こうにある根源的な郷愁ではないだろうか。

   41234198_v1279948332イムジン河7
   (画像⇒http://photozou.jp/photo/properties/406038/41234198より)

 私としては、これも必ずしも特定の土地を指すものではない、言うなれば地球そのものへの郷愁であり、太古の昔に引き裂かれ、抹殺され、封印されてしまった、本当の地球創造主への切なる想いのような気がする。
 この意味で、哀しみの感情は必ずしもネガティブなものではない。本物への想いを維持し続ける駆動力にもなりうるのだ。そして、いつか雪解けの春の日に、青き海へと帰り、うれしうれしとなる時を信じる力にもなっていく。

 ドヴォルザークの「新世界」交響曲が、新世界(新大陸アメリカ)より故郷チェコを想う、という設定の楽曲だと知った時、意外な気がしたことがある。カラヤン指揮ベルリン・フィルのスピード感あるソリッドな演奏で聴いていた私は、来るべき宇宙的大転換の向こうの新生地球を感じていたからだ。
 奥深い哀しみや郷愁と、未来大転換への希望の光は、メビウスの輪のように繫がっている。これがこのたびのテーマかな。

 
 そろそろ年が明けますね。
 22分後を先取りして、挨拶しておきましょう。
 信念、開けまして、おめでとう。
 喪中のかたには、哀しみにありがとう。


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comment

三斗Ra 隼人(管理人)
「イマジン」河、言葉自体は誰でも思いつきそうなゴロあわせなんだけど、今のところ他に見当たりませんね。一番乗りかなv-63

しかし、こういう微妙な問題に巻き込まれつつ、長年あきらめずに曲をあたためてきたフォークル、松山さん他の先達には、やはり敬意を表したいです。加藤さんの冥福も祈りつつ。
2010.09.12 23:06
SONNY KIM
とても感銘深い内容だと思います。「イマジン」河、面白い解釈ですね。
2010.09.12 22:43

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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Author:五右衛紋☆Rhapsody
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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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