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円空記念館の遺作をめぐって ~ 円空の里を訪ねて③ ~

2010,,19
 星宮神社の奥にある粥川谷から時計反対回りに山道を進めば、甲賀山と甲賀神社、および洞戸円空記念館までの近道のはずなのだが、いかんせん車道がない。オフロードバイクかマウンテンバイクならともかく四輪では無理なので、ナビに従いぐるっと時計回りに車を走らせることに。

               chizu-3高賀山六社めぐり
               地図⇒http://www.horado.com/kouka/rokusya.html より。           
 
 円空は最晩年を含め、高賀の地を三回訪れたという記録があり、最後の作品(洞戸円空記念館に展示)もここで完成させている。一方、白山信仰の影響を受けつつ独自の展開を見せる甲賀修験に、若い頃から親しんでいて、甲賀山にも何度となく登って修行していたであろうとも言われている。どっちみち官憲側のお抱え僧侶としての人生は送っていないので、若年期の記録は乏しく謎に満ちている。
⇒http://shigeru.kommy.com/enkuu12.htm 円空さんを訪ねる旅(12)洞戸高賀神社円空記念館
⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html 高賀と円空
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE 高賀神社 - Wikipedia

 ↓最後の遺作は、一般には13cmちょっとの小さな歓喜天像と言われている。象頭人身の神が双体で相撲の“あい四つ”のように抱き合っている、知る人ぞ知るおなじみのスタイルだが、知らない人は円空作の像を見てどこがどうなっているのかよくわからないかもしれない。
                    kankiten円空作
                    画像⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html               
 ヒンズー神話のガネーシャが仏教に取り入れられて定着したのが、この男女双体で抱き合う歓喜天像だが、タントラ的にセクシャルな思想背景が臭うせいか、禁欲的な一般の仏教思想からは敬遠され、秘仏とされることが多い。
 それにしても日本の庶民の信仰としてさほどポピュラーとは言えない歓喜天を、なぜ円空は最後の作として選んだのだろうか。ふと白山権現の十一面観音信仰がベースにあったからだろうか、と考えてみた。(もっとも、円空は男女の恋歌なども多く詠んでいるというので、仏教以前の古神道の体質からくる素朴な心情からかもしれないが)

 仏教説話では、双体の歓喜天のうち女神のほうは、実は十一面観音の化身とされている。手のつけられない乱暴者の(男神)歓喜天を鎮めるため、観音が同じ象頭の女神に変身し、愛の抱擁を受け入れるという設定だ。性的エネルギーの昇華としての思想・技法を匂わせるあたり、やはりタントラ→左道密教(性エネルギーの交合を修行法とする密教)の系譜なのかもしれない。
⇒http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/kannki.htm
⇒http://www.ne.jp/asahi/kwau/kangiten/ 象の神様(歓喜天)のページ

 この十一面観音が、日本においては白山権現の本地とされている。
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%B1%E6%A8%A9%E7%8F%BE 白山権現 - Wikipedia
⇒http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/6989/Shirayama.htm 白山様とその歴史
⇒http://www6.ocn.ne.jp/~kanpanda/hakusan2.html ヤマイヌ・「白山修験道と菊理媛」
 インド発祥の十一面観音と日本の白山権現の本地仏としての十一面観音が、はたしてどれほどの繋がりがあったのか疑問に感じてしまう。(この世の教義の学術的伝承としてではなく、あの世の神霊的実在として見た場合の話だ) 私のヴィジョンとしては、むしろ“逆”本地垂迹説として、十一面観音の本地が日本の太古神であったというインスピレーションが非常に強い。
 今に影響を残す神仏分離はたかだか近代(明治)以降のものだし、中古代における朝廷公認の中臣神道よりもはるか以前、物部や出雲にこそ縄文古来の古神道は息づいている。それら古代の“原”神道は、後の時代の“新”神道の政治的権勢によって抑圧・駆逐され、神仏習合の修験道の中に姿をカムフラージュして流れ込み、活路を見出そうとした。
 その象徴的な“神”が、水神としての十一面観音であり、星神としての虚空蔵菩薩や妙見菩薩だろう。どちらも“逆”垂迹としての菩薩身であり、本地は封印された日本の太古神だ。

 その十一面観音信仰が、白山から湖北・湖東を中心とした琵琶湖周辺の縦のラインに集中している。もうひとつが日光・常陸を中心とする北関東であり、ここにも異形の観音と星神の痕跡が色濃く残っている。白山・琵琶湖の修験と北関東の修験は、地下霊脈で繫がる同族と言えそうだ。

 ↓歓喜天像ではなく、こちらの一木造り三像が最後の遺作ではないかという説もある。一本の木を縦に三つに割った内側面に像を刻んだもの。中央の観音は2メートルを超す長身?で、円空の創作人生最後を飾るにふさわしい大作と言えそうだ。
               sanzo一木造り三像
 円空は、母親を洪水で亡くし悲しみから自分自身を善財童子に見立て、善女竜王を母に見立てて意図的に彫ったように思われます。三位の像を内側にぴったり合わせた形は、十一面観音に自分と母が抱かれる形となり現世で果たし得なかった願いがこの像に込められています。
               ↑画像と文章⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html

 ↑縦にひょろ長いが、実物を間近で見るとさらに、魂が肉体を抜けて昇天していくようなベクトルを感じさせる。胴体に龍神の鱗のようなものが刻んであるのも特徴。
 ・・・というようなことを説明してくれたのは、円空記念館の職員らしい体格のがっしりした品のいい初老の紳士だった。(責任者クラスの人だろうか) 美並のふるさと館の時もそうだったが、むこうから親しげに声をかけてきてくれた。すべての来館者にそうしているわけではないので、ここの守護霊がこちらにを好意を持っていてくれていたのかな。


(つづく)

  
[参考]円空に関する代表的なサイトから

 美濃国(現在の岐阜県)に生まれた円空は、早くから小僧として仏門に入りましたが、長良川の洪水で母を失ったのを契機に寺院を出て窟ごもりや山岳修行するようになりました。 そして、美濃国を拠点としながらも修行を重るため全国を行脚し、各地の寺院の住職や民衆たちと交流を深めました。そして民衆を苦しみから救うため、悩み苦しむ人には菩薩像を、病に苦しむ人には薬師像を、災害に苦しむ人には不動明王像を、干ばつに苦しむ人には竜王像を、限りある命を救うために阿弥陀像などを刻み歩いたようです。その足跡は美濃・飛騨・近隣の愛知・滋賀・長野などにとどまらず、近畿・関東・東北・北海道にまで及びます。 やがて、一所不住ともいわれた円空は、自ら再興した岐阜県関市の弥勒寺に落ち着くようになり、そこを拠点に仏像製作の旅を続けました。その頃には円空にも弟子が付くようになっていました。 誓願の12万体の仏像を彫り還暦を迎えた円空は、母の命を奪った長良川を入定の地と決め、弥勒寺境内の同川の畔で即身仏として素懐を遂げました。
⇒http://www.enku.jp/ 円空微笑み物語-円空連合ホームページ より

          main_2.gif
⇒http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s11151/enku2002/ 円空 Web より

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スタミナ不足で、ながらくこのブログを放置しておりました。ぼちぼち再開しようかと思いますが、操作のしかたがすぐ思い出せず、コメント認証待ちのかたなどおられましたら申しわけありません。


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拍手コメントというのがあるのを初めて知りました! また、時々、設定が狂うのか、拍手ボタンが非表示になるみたいです。 未だに設定に慣れなくて、すいません!

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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