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御座石神社、道祖神と世界の共振を夢見る

2008,,22
 前回の続き。2013年4月時点で書いている過去回想日記です。

 御座石神社はⅩ字に交わる交差点の三角地帯に位置するが、正面参道は幹線道路の国道152からではなく県道192の側になる。仕切る瑞垣や塀のようなものはなく、いたって素朴で開放的な空間なので、どこから入ろうとも抵抗感はないのだが、国道の側からいくといきなり社の斜め後ろから失礼する感じになってしまう。↓

          国道側(本殿の斜め後ろ)

 ↓正面鳥居はこちら。

正面鳥居

 すぐ近くに川原があって川岸に駐車場もあるそうだが、気がつかずに、この日は近くのマーケットの駐車場を拝借した。(↓参照)

∇Journey To The End 信濃探訪 御坐石神社と上川
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2011/01/blog-post_18.html

 ↓二の鳥居は素朴な丸木でできている。曳いてきた御柱を鳥居に仕立てたもので、黒丸大鳥居と呼ばれるそうだが、必ずしも黒くはない。数え年で7年ごと、6年目(寅・申の年)の御柱祭に合わせて、この黒丸大鳥居も更新されるらしい。

          木の鳥居

 諏訪地方ではありとあらゆる神社に御柱が見られる、というのは、つい最近ネット上で得た知識だが、女神の神社には御柱を立てないとのこと。とは言え、建御名方神の妃神である八坂刀売神を祭神とする下社にも、御柱は屹立している。ここらへんは神社神道に特有の裏がありそうだ。(それについては長くなるので、また前宮の日記あたりで推考しようと思う)

  
 ↓本殿正面。こうして見ると、境内の樹木の多さに気づく。人様のちょっと前のブログではこんなに茂っていないので、成長も早いのだろうか。女神らしい柔らかな雰囲気で、この木陰で休むと、熱い夏でも元気が回復してくる。

本殿正面

 御座石と言うくらいで境内には石が多いが、巨石としての磐座と比べれば小型~中型の、どちらかと言うと可愛らしい石が多い。
 ↓一番大きい石がこれ。穂掛石と言って、もとは農地にあって稲穂を掛けたかららしい。でも、なんでここに持ってきたかは謎。豊穣信仰の御利益と結びつけようとしたのだろうか。

          穂掛石

 ↓説明版に「矢ヶ崎村七石」のことが書いてある。これとは別に「諏訪七石」というのがある。全部巡れば、何か御利益あるのかなあ。(御利益の話ばかりで失礼!)
 しかし諏訪七石と別に矢ヶ崎村七石があるということは、諏訪における矢ヶ崎村の存在感に、何か特殊なものがあったのだろうか。諏訪地方に伝わる原初からの石神信仰に、外地(越の国)から移住してきたヌナカワヒメの一族≒矢ヶ崎氏が、ことさら相性が良かったということだろうか。
 
      IMG_1359穂掛石、説明版

 ↓また七石とは別に七木というのもあったらしい。

∇東方諏訪旅行記2-6:土着神「七つの石と七つの木」 桔梗屋日記(守矢神社記帳所)
http://september.moe-nifty.com/kikyo/2009/01/post-a6ce.html


 ↓拝殿正面、向って左横、木枠と幣束で囲われた、いわくありげな石。

          鹿の足跡の石=御座石?.

 越(高志)の国からヌナカワヒメを乗せてきた鹿の足跡がある、という説明があり、母神がこの石に腰掛けたとも書いてある。
          IMG_1357鹿の足跡、御座石?説明版

 では、これが「御座石」なのか?というと、それについては何も書かかれていない。いろんな人のブログも戸惑っているようだが、要するに御座石については諸説あり定説がないので、説明版も限定をぼかしているということらしい。

 御座石が初見する文献は中世の上社本『物忌令』ですが、所在地は書かれていません。神長本『物忌令』では、神長官が「(本宮)正面の内」としているので“これが本当”としたいのですが、その後の各書は「矢ヶ崎」を挙げているので混沌としています。
(御座石《諏訪七石》 http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/zatugaku/gozaisi.htm より)
 
 そもそも「御座石神社」の名(文字)については、古来から「石」の意味(文字)と限定されたものでもなかったようで、この神社に「御座石という石」があるという先入観も、根拠のない思い込みなのかもしれない。

社名の「御座石」については古来一定の用字がなく、『諏訪大明神画詞』の諸写本に「御沓石宮」「御座居所」「御斎所宮」などとあり、『年内神事次第旧記』には「御最所」、『諏訪神社祭典古式』には「御座石宮」、『諏訪上社物忌令』には「御座石」とある。
(諏訪大社上社 御座石神社 http://www.genbu.net/data/sinano/gozaisi_title.htm より)


 ↓他にもいろいろな石があったが撮りそこねたので、他のかたのブログを参照。(ヌナカワヒメが靴を履き替えたという「御履石」を撮りそこねたのは失敗だった。「御履石」は矢ヶ崎村七石ではないらしく、諏訪七石の「御沓石」ともまた別)

∇風と土の記録 御座石神社で御座います。
http://miyokame.blog82.fc2.com/blog-entry-13.html
∇御座石神社「諏訪七石・御座石」《諏訪大社上社散歩道》
http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/sanpo/gozaisi.htm
∇諏訪七石(諏訪に伝わる七つの石から小玉石・児玉石)
http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/sanpo/suwa7isi.htm


 不思議と心ひかれたのが、境内の一角を占拠して無言のハーモニーを奏でていたこの石像群。

道祖神

 中央あたりに双体の道祖神と判別できる像がいくつかあるが、それ以外は観音と見る人もいるし、単に石仏と表記する人もいる。が、私にはどうも仏教の菩薩ではなく古神道の女神に見える。大和朝廷プロデュースの「官制神道アマテラス」以前の、縄文以来の素朴な民俗信仰の女神だ。わずかに神話に名を残す神としては、瀬織津姫とか菊理姫とか。

 実はこれとちょっと似た雰囲気の像を、私は持っている。20歳の時に親が中古の一軒家を買い取り、引っ越してきた時に、玄関脇に半分くらい埋まっていたもので、材質は鉄、鋳型で作ったようなシンプルなものだ。当初は私も観音だと思っていたが、古神道に目覚めてからは女神と思うようになった。
 前の家の持ち主は船の船長で、貿易で世界を巡っていたような人だったらしく、アフリカや南の島の産物らしきものも部屋にたくさん残されていたが、これだけは(たぶん)日本製。しかも土俗的。

          CA5YGG05古代女神?
 
 余談だけど、20~30代前半の私はこの像と不動明王を本尊として、瞑想し祈ってきたのだった。期せずして、古代女神と不動尊(「国常立=ウシトラの金神」説もある)の古神道系修験道に導かれていたのだろうか。それと似た雰囲気の像が、祖先の矢ヶ崎村の神社にあったのも、今思うと不思議だ。


 ところで、ここで女神に囲まれている道祖神とは、そもそもどういう存在だったのだろう。私が女神と見る像も、すべて単体の道祖神と見る人もいる。(ふつう単体の道祖神は男神のイメージだけど) あちこちの路傍に祀られていた道祖神を、道路の整地や宅地整理のため立ち退かせて、この神社に集めてきたのではないかと考える人もいる。

 「道祖神」は、普通「さいの神・道楽神・ 耳の神」などとも呼ばれ、「村はずれや辻」「山道や峠」等、村人たちの意識上の「境」に多く建てられてきていたものです。
(みちべの神石仏たち http://lib.city.kashiwazaki.niigata.jp/hidamari/kashiwazaki/maturi/sekibutu/sekibutu.htm より)

道祖神は、日本の民間信仰の一つで集落のはずれや道の辻に立つ石神で、祠形や丸石、男性器(陽石)、女性器(陰石)、男女和合などの形態がある。

伊弉冉尊(いざなみのみこと)が火の神を産み、それが元で死んで黄泉の国へ逝かれたのを、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が会いたさに後を追い醜い死体に驚き逃げ帰る。この時に追いかけてきた伊弉冉尊を防ぐため、黄泉比良坂(よもつひらさか)に大きな石を置いて道を塞いだ。この大石を塞坐黄泉戸大神(さやりますよみどのおおかみ)と言って、塞の神(道祖神)の事である。一般に村境や峠、辻や橋のたもと等で、外部から村に悪疫・悪神が侵入するのを防いでいる。

また一方、天孫降臨の際に出会った天宇受売命(あめのうずめのみこと)と猿田彦命(さるたひこのみこと)はこれが縁となって結婚し、そして二人は一緒に道祖神になったと言われる。

(道祖神:でれすけ。 http://yaplog.jp/yagimitinomise/archive/183 より)

 つまり、道祖神のたたずむ「境」「辻」は、あの世とこの世、黄泉の国と現世と天界の境目であり、交点である、ヨモツヒラサカ(黄泉平坂、黄泉比良坂)に原型があったのだ。そこを塞ぐ石=塞坐黄泉戸大神が、道祖神の原型であり、ミシャグチ神の石柱→諏訪の御柱の原型でもあったのではないか。

 整理すると、
①何らかの「境」にあって、外敵や悪疫を塞いで防衛する「塞」の神となる役目。 
②岐路や辻にあって、道案内や縁結びの「導き」「結び」の神となる働き。
 大きく分けて、この二つの反対方向に拮抗する原理があることに気がつく。これはよく考えてみると、西洋神秘思想の根底に流れるグノーシスの、「二元対立から再統合へ」の原理と重なる。グノーシスは哲学的に論じているが、古神道は物語や造形の中に暗示しているのである。

 これは長いことあたためてきた私の謎解きテーマであり、他の場所では時々、試論・暴論を披露してきたのだが、このブログでは初めてだったかもしれない。

 猿田彦は伊弉諾(イザナギ)の荒魂としての分霊であり、天宇受売は伊弉冉(イザナミ)の分霊だったのかもしれない。黄泉平坂で決裂した夫妻両神は、部分的には和解しているのかもしれない。その先の導きとしての象徴=未来イメージが双体道祖神だったのかもしれない。

 そして諏訪のミシャグチ神も、この「塞=結界」と「陰陽=結び」の二大原理を備えていたようだ。今は荒々しい男性原理としての石柱→御柱だけが目立つが、原初的な自然精霊信仰の形態としては、女性原理としての丸石、平石、樹木、水流なども存在していただろう。
 その系譜を継ぐ女神の神社のひとつが、ここ御座石神社であり、たまたま他所から招かれてきた女神が祭祀されたのではないだろうか。(ピンチヒッターやリリーフで繋いでいるということは、まだまだ本命としての根源の女神は封じられているのかな)

 時代考証としては、ミシャグチ神信仰のほうが古いものであり、道祖神信仰が様々な民間信仰と集合して定着していくのはずっと後のこと、というのが学術的な見解だろうけれど、ここではあくまでも霊学的・神界史的に紐解いている。
 この世に道祖神信仰が完成する遥か以前、道祖神の基となる原型は、霊界・神界において“発生”しているのだ。それが現世に投影され、一方で道祖神として像を結び、一方でミシャグチ神として現れ、神話的にはイザナギ&イザナミから猿田彦&天宇受売への展開となり、他国ではグノーシス思想として結実していく、…という仮説なのだ。


 もうひとつ世界的なシンクロとして「辻」の神秘思想を紹介しておくと、ブルースの鬼才、ロバート・ジョンソンで有名になったクロスロード伝説がある。

 十字路に特別の力が潜むと考え,多くの民族はそこに守護神を祭ったり儀式を行ったりしました。特にアフリカから奴隷として渡って来た者が多いアメリカには,アフリカ起源の宗教的儀式が生活の中に取り入られ,十字路を巡るまじないの類も伝えられました。
 魂を悪魔に売る引き換えにバンジョーやギターが上達させるというのもその一つです。

(クロスロード[クリーム=エリック・クラプトン] http://www.eigo21.com/03/pops/z26-1.htm より)

 ここでは魔除けの「塞」の意味が転じて、魔に魂を売るというブラックマジック的な展開に変形しているが、道が交差するスポットに良かれ悪しかれ強力な異界パワーが生じる、という設定は共通している。
 あるいは韓国時代劇などにも時々出てくるが、敵将の首を辻に埋めて通行人に踏ませることで挑発する、あるいは敵の士気をそぐ、封じる、というエゲツナイ呪詛的な行為もあったらしい。

 そして思い出してほしい。この御座石神社も交差点の名前になっているくらいで、辻の一隅にあるのだ。
 さらには、このシリーズを「龍神グランドクロスの上信越」と題したように、日本列島の巨大断層や地下マグマの流れがクロスする危ない聖地が諏訪でもあったのである。

 
 知る人ぞ知る「どぶろく祭り(矢ヶ崎祭り)」について、書き忘れていた。

 IMG_1364どぶろく祭り、説明版

 境内に小さなお蔵があるので、何かと思い近づいてみたら酒蔵だった。祭りに供され、ふるまわれる酒を、ここでつくっているのだろう。神社を守る地域の人達の当番制らしい。

醸造蔵 醸造蔵、近影

 ↓詳しくは、こちらのサイトで。

∇酒文化研究所 -日本と海外の酒めぐり
http://www.sakebunka.co.jp/sakemeguri/sinshu/sinshu01.htm

 前回のコメント欄でも書いたが、母が子供の頃は調布の実家の矢ヶ崎でも酒を造っていたと聞いたことがある。戦後どさくさの時代、酒をつくっていた家庭もある、とはよく聞く話だが、どこの家でもやることではなかったし、母の話ではうっとりするほど旨かったそうだから、何かしら技術の伝承があったのではないかと想像できる。

 酒造りの伝統は、ヌナカワヒメの一族が越の国から持ち込んできたものなのだろうか。一説には、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は越の国の鋳鉄民族の象徴で、重労働の疲れを癒すため、鋳鉄職人は酒が好きだったという話もある。また、秘教的な異説としては、八岐大蛇は母神イザナミの別離の怨念から生まれたモンスターだともいう。いろいろ重層的に交錯してはいるが、ここでも様々な謎の断片がパズルのように組み上がっていく感触がある。


 現在のどぶろく祭りは、現地取材した人のブログなど見ると簡略化されている部分もあるらしいが、はたして祭りの運営に携わる氏子の中心となる人達は、今でも「矢ヶ崎」の姓なのだろうか。

∇「どぶろく祭り」御座石神社例祭
http://yatsu-genjin.jp/suwataisya/sanpo/doburoku.htm


 ↓最後に、今はこんな祭り(?)の形態もある、という紹介。
 
∇2009年12月25日 茅野御座石神社交差点 za9za9.com
http://www.za9za9.com/topics/2009/1228chinoirumi/index.html

 年末のイルミネーションですね。将来、ハートマークの中に双体道祖神のイルミネーションでも浮かび上がらせて、カップルの聖地になることを夢見ましょうか。
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 御座石神社という名の神社はもうひとつ、秋田県仙北市の田沢湖畔に有名なのがあります。近年はパワースポットなどとしても知られてきているようです。(「ござのいし」と読ませるようです)

▽「山と湖の強力な自然エネルギーが感じられる神社」| コラム | COCORiLA(ココリラ)
http://www.cocorila.jp/article/articles.html?num=2012070101
▽晩秋の秋田へ<田沢湖・御座石神社> ~その5~|スピリチュアル☆ファンタジー (略してS☆F)
http://ameblo.jp/sf-spirin/entry-11094271779.html
▽御座石神社
http://www.kensoudan.com/firu-naka-y/tazawako/goza.html


 龍神信仰で女神(もと人間の龍=辰子姫)の系譜ということで、諏訪の御座石神社とリンクする要素はあるようですが、どのサイトを見てもそれについては触れられていません。古代の闇の中では、どこかで繋がっているような気はするのですが。

▽辰子姫(たつこひめ)伝説
http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Rally/4569/tatukohime_densetsu.htm
▽田沢湖 辰子姫の伝説
http://www7.plala.or.jp/miffy00/tatuko.html
(続編 ~八郎太郎との時空をこえたラブロマンス~ あり)
▽まんが日本昔ばなし~データベース~ - 辰子姫物語
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=626

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 「矢ヶ崎」で検索すると、他にすぐ出てくるのは軽井沢駅のすぐそばにある「矢ヶ崎公園」でしょう。
 近現代になって矢ヶ崎さんという人が公園の建設に尽力したからかな?と思い、公園名の由来を調べようとしましたが、歴史的なことがいっこうにヒットしません。そのかわり公園よりもずっと古そうな資料を見つけました。

▽町誌に見る軽井沢別荘史 - fstylekaruizawa ページ!
http://www.fstylekaruizawa.com/%E4%BA%8C%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%B1%85%E4%BD%8F%E7%9B%B8%E8%AB%87/%E7%94%BA%E8%AA%8C%E3%81%AB%E8%A6%8B%E3%82%8B%E8%BB%BD%E4%BA%95%E6%B2%A2%E5%88%A5%E8%8D%98%E5%8F%B2/

↑上記サイトの長文の中に、《6.野沢原を中心とした別荘地造成》という項目があり、その中に「大正8年根津嘉一郎は、矢ケ崎山麓の川上操六の所有地を買収し、別荘を建て、その東に貸別荘をはじめた。」という一文があります。
 ということは矢ヶ崎山という山があったんだ!と初めて知って、検索してみたら、何のことはない、気軽にハイキングできる長野と群馬の県境の山です。

 ↓また、次のサイト。

▽軽井沢の歴史 ハイランドリゾート
http://www.karuizawahighland.com/hr/history.htm

《有史以前の軽井沢→有史以前の軽井沢》の項に、「この時期に土器、石器など出土した遺物は茂沢をはじめとして、杉瓜,発地付近,浅間山に近い千ヶ滝,旧軽井沢,矢ヶ崎川の水源地付近まで広い地域に及んでいます。」とあります。
 「矢ヶ崎川」もあったんですねえ。なんでも道祖神のような室生犀星夫婦像が川岸にあるそうです。

▽室生犀星文学碑の夫婦像と矢ヶ崎川
http://homepage3.nifty.com/masayoko/photo/saisei_meotozou.htm

 現在の軽井沢の駅を挟んで、北側に矢ヶ崎川の水源、東南側に矢ヶ崎山が位置しています。もともとこのへんにあった地名だから、「矢ヶ崎公園」と名付けたんでしょうね。
 そして、諏訪大社と御座石神社・矢ヶ崎城を結んだほぼ延長上(東北東?)に、この軽井沢の矢ヶ崎エリア?があることもわかりました。軽井沢のあたりも、豪族の矢ヶ崎氏と縁の深い土地柄だったんでしょうか。

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 もう少し根気よく「矢ヶ崎」探っていくと、宮城県栗原市栗駒に宮城県指定史跡「鳥矢ヶ崎(とやがさき)古墳群」というのがあるのに気がつきます。1200年前、奈良時代くらいのものらしいです。

▽指定文化財|県指定史跡|鳥矢ヶ崎古墳群 - 宮城県公式ウェブサイト
http://www.pref.miyagi.jp/site/sitei/ken-siseki08.html
▽鳥矢ヶ崎古墳群 ふるさとTV
http://white.ap.teacup.com/furusatotv/14.html
引用)「伊治公(これはりのきみ)砦痲呂の一族の墓」と考察され更にこの地が蝦夷文化と中央文化の接点であることも判明し東北の歴史に新たな資料を提供した学問上も貴重な史跡であります。

 ということですが、これまたなんで「矢ヶ崎」の地名?が入っているのかわけがわかりません。ともあれ、地名としての矢ヶ崎は、信州から東北との境目あたりに多く残っているようです。(姓としては南九州の隼人族とも関連しているらしいですが)

 というのも、私の母は「崎」の字から海を連想して、なぜ山また山の信州に「矢ヶ崎」なのか?と、当初疑問に思っていたようなのですが、古代における民族の移動は今の人間が想像する以上のものですし、山の稜線の鋭いギザギザを「崎」と表現することもあったそうです。
 さらに超古代は、諏訪湖が海とつながっていたという説も読んだことがある気がします。

↓こちらは発掘の経緯のかなり詳しい記述。

▽鳥矢崎 鳥矢ヶ崎古墳を発掘
http://www.st.rim.or.jp/~success/kurikoma7.html

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スタミナ不足で、ながらくこのブログを放置しておりました。ぼちぼち再開しようかと思いますが、操作のしかたがすぐ思い出せず、コメント認証待ちのかたなどおられましたら申しわけありません。


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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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