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三種の神器には、当たり前のように?!分身がある

2014,,29
さりげなくこんな記事がありました。神道古代史ファンや皇室オカルト・ウォッチャーには、捨て置けない歴史的事件ですね。

▽剣と璽、20年ぶり「外出」 両陛下の伊勢参拝:朝日新聞デジタル (2014年03月24日)
http://buzz.news.yahoo.co.jp/article/ffa0dfde5ca2647135e830f726d203795f11bab7/

▽両陛下が帰京=剣璽も皇居に戻る (時事通信) - Yahoo!ニュース(3月28日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140328-00000080-jij-soci

「二種の神器(剣と璽)」といっしょに参拝したということか。それだけでも、実は神宮創建以来、伊勢参拝を敬遠していた皇室としてはエポックだが…。
ちょっと待てよ? 剣は熱田神宮、勾玉(璽)は伊勢にあったんじゃなかったっけ?
…と思って調べてみたら、この本は面白そうだね。(右翼とかアンチ天皇制とかの話じゃなくて、歴史的興味だよ)

▽『三種の神器 〈玉・鏡・剣〉が示す天皇の起源』 祟り神は守護神となる
http://honz.jp/21288 http://www.google.co.jp/gwt/x?hl=ja&client=twitter&u=http%3A%2F%2Ft.co%2F8FYptCcaor

引用)しかし実物が天皇の手元にあるわけではなく八咫鏡本体は伊勢の神宮の皇大神宮に、草薙剣は名古屋の熱田神社にご神体として奉斎されているため、形代という分身が皇居に置かれている。唯一、玉璽と言われる八坂瓊曲玉のみ本体が宮中にあるとされている。

宮中に置いて最重要視されているのは、アマテラスの御霊代、御神体として近くに置くようにと命じた八咫鏡である。これだけは宮中三殿の賢所に重要に斎き祀られ、明治維新後は明治、大正、昭和天皇の即位のときにだけ京都御所へ動かされただけだ。しかし、八坂瓊曲玉、草薙剣は通常、天皇皇后両陛下の寝室の隣に設けられた剣璽の間に安置されており、行幸、つまり旅行などの際は携行される。これを「剣璽御動座」という。賢所という社殿に祀られる鏡と、どこに行くにも携帯される剣と玉、その待遇の差は明らかである。

賢所は皇居の森奥深くにある神殿、皇霊殿、賢所の宮中三殿のひとつである。ここに八咫鏡の形代は安置されているが、なぜかふたつ唐櫃がある。どちらも高さ90センチ、縦横80センチで重量は200キログラム。火事や災害の折には今上陛下より先に避難が決められていて、どちらも若き皇宮護衛官6人で運び出すことが決められている。配置は室町時代に吉田兼倶によって決められたものだという。そう、日本の神道総本山ともいえる、吉田神道が関わっている。

古事記、日本書紀に書かれていることを平易に読み解くと、こんなに人間臭いものなのかと驚くことだろう。祀るという行為は、本来「祟られないように奉る」ことである。三種の神器それぞれも、害を成したことによって祀られ、それでも祟りを恐れて八咫鏡と草薙剣は第10代天皇崇神天皇により皇居の外へ出され、やがて伊勢神宮、熱田神宮に祀られることになるのだ。

神器は古事記、日本書紀以前から存在していた。もし、今、これらを化学分析することができれば、日本のルーツがわかるはずである。誰も見たことのない宝物は、これからも日本人の心の拠り所と成り得るのだろうか。



しかし、「形代というか分身」の剣と玉璽なのに、まるで本体まで皇居にあったかのように、当たり前のように書く報道とはいかがなものなんだろうか。
戦後ポピュリズム左傾化を経て、天皇そっちのけ右傾化が横行する昨今、事実を曖昧にしてまで、やっぱり皇室を箔付けしたい傾向がマスメディアにはあるのだろうか。


天皇家と伊勢神宮との捩れ関係の謎に関しては、、このへんが入門編としていいかな。

▽日本人の1%しか知らない伊勢神宮7つの秘密
http://bushoojapan.com/scandal/2013/10/02/6629

引用)その4 天皇が伊勢神宮を参拝したことはなかった 

意外かもしれませんが、実は江戸時代までの歴代の天皇で伊勢神宮を参った天皇はいませんでした。。。なんと、初めて参拝したのは明治天皇だったのです!

廃仏毀釈をはじめとする明治時代の「国家神道」というものが、いかに日本本来の歴史と伝統からかけ離れた「作られた伝統っぽい文化」だったことの証拠のひとつです。

伊勢神宮が、アマテラス大神をまつる国家第一の神社として存在したことが、歴史上間違いなく言える、ぶっちゃけ言うと、「日本NO1の伊勢神宮を創設した」のは、飛鳥時代末の天武天皇と考えられています。



細かくツッコムとまたややこしいし、その時代その時代のやむにやまれぬ事情というものもあっただろうし、どういう事情であれ我々はその子孫としてこの国に暮らしていることは事実です。
が、最初から最後まで単一民族・単一文化のシンプルな愛国心でまとまっていたわけではないことは、自覚しておいたほうがいいでしょう。日本国家は昔っから(有史以来)、捻じれてもつれた糸なのだ。

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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Author:五右衛紋☆Rhapsody
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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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