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死霊の集う岩船山高勝寺 ~ 北関東に埋没する古代霊場③ ~

2007,,08
 2007年10月8日(「大平山神社、開かずの奥の院の謎 」「ホラーの名刹、大中寺」 の続き)

 晃石山から「ぐみの木峠」にもどる尾根道の途中、南面の大中寺へとショートカットして下る道がある。これが伐採した丸太がゴロゴロと寝かせてある斜面で、とても整備された正規のルートとは思えない。
 途中に道標もないし、道に迷ったかと心配になるほどだが、あちこちのローカルな低山に行っていると、だんだん土地勘というものも働いてきて、バカボン・パパの境地(「これで良いのだ!」)になってくる。どこもかしこも高尾山や武蔵御岳山や丹沢の大山のように、山道が整備されていると思うほうが間違いなのであり、地方の低山へ行くと、だいたいこんなもんである。

 それはよいのだが、このあたりの山中の雰囲気は何だかヘンだ。たまにすれ違う人間の印象がヘンなのだ。挨拶してもボ~ッとした顔をして、こちらに気づいているのかどうか、ムンクの「叫び」のような顔をして無言ですれ違う。(山に行かない人は知らないかもしれないが、ふつう山道で出会うと、見知らぬ人でも気持ちよく挨拶を交わすものだ)
 あるいは、だらけた雰囲気の作業服の労働者が一人、尾根道のベンチにひっくりかえり、ラジオで野球放送を聞いている。わざわざ受信状態の悪いこんな山の中で、雑音混じりの大音量でラジオを聴くという心境もよくわからない。
 晃石太郎の怨念のせいか、大平山奥宮の古代カルマのせいか、はたまた隕石が運んできた未確認物質の残留磁場のせいなのか、ともかく何やら脳波を狂わすようなヘンな世界を感じさせるのだ。

 大中寺の「馬首の井戸」のすぐ横から、山腹の林道を横断すると大平山神社の側面へと戻ることができる。
               天狗の投石

 この日はもうひとつ、岩舟山高勝寺へ寄ることにしていた。晃石山からそのまま尾根づたいに西南へと足を伸ばせば、岩舟山方面へと踏破できないこともないのだが、それだと大平山の駐車場にもどってくるのに大変な時間がかかってしまう。そこで一旦、駐車場まで戻り、車で移動することにした。

 高勝寺については何の知識もなく、「岩船山」という名に惹かれただけの話。古代ヤマトの先住大王、饒速日尊が天降った時の「天の磐船」伝説を期待したわけだが、どうやらそれは見当違いだったようだ。山の形から「岩船」と呼ばれるようになっただけの話で、饒速日や物部の痕跡は見当たらない。
⇒http://www.geocities.jp/iwahune_town/public_html/iwahune-san/koushouji.html 岩舟町鷲巣・岩船山高勝寺
 172メートルしかないこの山が、関東の高野山とか、日本三大地蔵とか呼ばれていたという。この山の上方が、死後の霊が集うあの世の出入り口のように思われていたらしい。死霊の乗り物としての船、とも考えられるだろうか。特に子供の霊の供養が盛んだったようで、地蔵信仰と強く結びついている。
          岩船山高勝時

 古代信仰には違いないが、どちらかというと中古~近古の補陀洛山や補陀洛渡海の信仰に近いような気もする。
⇒http://www.ztv.ne.jp/web/kiho/nachihudaraku.htm 補陀洛渡海(ふだらくとかい)

 後で他所のHPやブログなど検索して見ると、朱塗りの山門や三重塔など、それなりに綺麗に写っているが、現地で感じた雰囲気はというと、表玄関の見てくれだけ金をかけていて、卒塔婆など乱雑にうっちゃらかして、ろくに掃除も手入れもしてないように見える。すすけて、澱んだ、おどろおどろしい空気を感じてしまって、写真を撮る気さえおこらなかった。
 死霊供養の霊場として青森の恐山と並び称する記事も見つけたが、私にはこれが一番ピンとくる。

 山門付近に車を停めて、少し上っていくと本堂らしきものがある。いちおう参拝してから、中を覗くと、不気味な光景に出くわした。お堂の天井からたくさんの古着がぶら下がっている。何かの御利益信仰としてのおまじないだろうか。最初は洗濯物でも干しているのかと思ったが、これが長年の砂埃や泥汚れをたくさん吸収して放置された、もの凄く古びて汚れた衣服に見えるのだ。いずれにせよ、清々しさを尊ぶ神社神道だったら、ありえない光景だろう。
 後で思い当たったのだが、境内の道端のあちこちに石仏の地蔵が並んでいて、それに信者が持ち寄った衣服が着せてある。その中であまりに古びたものを回収し、供養して棄却する前に一時保存していたのかもしれない。

 さらに登っていくと、奥の院と書かれた小さなお堂があった。周りにスポンサーらしき「ナントカ観光」と書かれた旗が、ひしめくように立っている。死者供養の寺のわりには俗っぽいなという感じで、手を合わせる気力も失せてしまった。妻などはだんだん機嫌が悪くなっている。

 さらにまた少し登ると青空の開けた広い場所に出るが、ここが頂上なのではない。本当の頂上はそこから尾根続きのとなりの峰らしいのだが、金属の柵で仕切られて行けないようになっていた。
  実は頂上を含む山の大半が、採石で丸裸にされ、崩れかけた赤土が剥き出しの惨めな姿をさらしている。      
               禿山

 なるほど、神体山もここまで風水を破壊されてしまっては、御利益は疑わしい。狂わされた自然エネルギーの流れが、何らかの有害波動を伴って人間にしっぺ返しをしてくるはずだ。

 今、足を運べる仮の頂上(付近)には、何やら建立物の跡地があった。柱の位置からして、寺院と言うよりは、手前の拝殿と奥の祭壇が直列に配置された神社形式のようにも見える。しかも、奥宮にしては大きなものだ。
奥宮跡?1

 説明版も何もないが、往古はここが本殿だったのではないか、という考えが頭をもたげる。そして今は丸裸になって崩れかけた頂上付近に、本当の奥宮があったはずだと。(資料や伝承は見当たらないので、本当のところは不明)

奥宮跡?2

 中央奥の祭壇に位置するあたりに、小さな小屋のような曰くありげな物体が、虚ろにたたずんでいる。古びて割れた板の隙間から中を覗くと、外界から区切られた暗闇の箱の中に、弁天社のような「一間社流れ造り」の形をした石の祠があった。ボツボツに荒れた石の肌からして、これまたずいぶん古びたものだろう。

 何を思ったか妻が写真を撮れと強い口調で言うので(またまた「天に口なしMy奥さんをして言わしむ」か?)、あまり気はすすまなかったが、丁重に拝んで挨拶してから、破れた箱の隙間にカメラを突っ込んだ。
 出来上がった映像を見ると、封印された漆黒の闇の中に、フラッシュを浴びて浮き上がる姿が、何やらわけのわからない激しいインパクトがある。悪いものではなさそうだが、霊的に過敏で虚弱な憑霊体質の人が見たら、ひょっとして深刻な影響があるかもしれない。よって、ここでは公開しないことにする。

 祭祀の場らしからぬ密閉された箱状のもので、祠を覆ってしまうというスタイルは、どこかで記憶があると思ったら、瀬織津姫を祀る早池峰山の山頂奥宮だ。これも一種の封印なのだろうか。↓
               早池峰山頂上

 封印には二種あって、ひとつは侵略した外来勢力が先住系の神を隠蔽し、忘却させんがための政略的なもの、もうひとつは人類の霊性の発達が未熟なため、いっぺんに高次の光を当てると、個人も社会もパニックとなり、アノミー状態になってしまう危険があるため。
 たとえば、病の好転反応などもいっぺんに激しく出すぎると、肉体の器が耐え切れず、あの世へ行ってしまう危険もある。禊(みそぎ)の極致はそれであり、禊とは、偽りの自己が死んで、真の自己が蘇ることなのだ。
 
 禊の大神である瀬織津姫らが封印されるのは、この世の人間どもの偏狭な浅知恵からだけでもなかったかもしれない。大神の方便として、だましだまし、人間に自由裁量権を与えながら、順を追って導いているのだ。
 しかし、魂の道場全体としての地球が、あまりにも破壊、汚染され続けたなら、悠長なことは言ってられない。禊の大神たちが、大ナタを振るわねばならない時も迫っている。だからこそ、封印されたり、自己封印してきた太古の強力な神々が、復活の胎動を始めている。そういうことなのだ。

 ここ岩船山に封印された古代神は、どういう系統なのだろう。「一間社流れ造り」の石の祠の印象が強かったせいか、私は弁天系の女神のような気がした。
(瀬織津姫とは姉妹関係にあたるような女神だが、瀬織津姫そのものではないと、根拠はないが何となく感じている。瀬織津姫のほうが竹を割ったような豪胆なところがあり、弁天も激しい気性はあるが、女性性の激しさのような気がする)

 箱の中の暗闇を覗きすぎたせいか、息苦しい気持ちになって空を仰いだ。ちょうど雲間が切れて、午後の太陽が姿を現したところだった。
 目を閉じて、
「ア・マ・テ・ラ・ス・オ・オ・ミ・カ・ミ」
の言霊を、一音一音、発射する。
 三回くらい唱えたところで、まぶたの裏のルックスがぐわ~っ!と10倍くらい明るくなって、胸のアナハタ・チャクラのあたりと、身体の前面が、真夏の日光浴のように暖かくなった。以前もこういう経験はあるが、ここまで顕著な反応は初めてだ。
 妻も私の真似をして合掌する。ひとしきりの沈黙が過ぎると、「わかった!ここの神様は女神様だ」と、妻から口火を切る。
 ただ、私はその時、女性太陽神としての皇大神宮のアマテラスの御名を唱えたのではなく、特に男神太陽神のアマテル神(饒速日)を意識したわけでもなかった。地球上ではなく、天体としての太陽におわします、文字通り太陽霊界の太陽神団を呼んだのだった。(おこがましくて、すんません!) ここに封印された女神を救出するため、ペアとなるべき男性神を手配してもらえるよう、無意識に祈っていたのかもしれない。この闇の深さは私の片手間では手に負えません、というコーリングでもあった。


 この旅行から帰った晩に、夜中に重たい鬱想念に襲われ、ベッドから抜け出し反省猿の姿勢でまどろんでいるうちに、ソファにもたれて眠ってしまった。どこで拾ってきた鬱波動だろうか。怪談の寺の大中寺か、大平山神社の縁の下の洞窟を凝視しすぎたからか、それとも岩舟山の曰くありげな封印箱か。
 妻にも多少きているようだったが、気がつくと理由もなくため息をついているという程度のもので、激しい作用はなさそうだ。これはお役目の違いもあるし、体質の問題もある。私のほうが激しく来て激しく抜けてしまう。妻のほうがだらんだらんと抜けていくのだ。

 それでは皆さん、妄想につき合ってくれてありがとう。
皆さんもネクラ妄想にとりつかれた時は、曇り晴れ曇り空を見上げて、「ア・マ・テ・ラ・ス・オ・オ・ミ・カ・ミ」の言霊をお試しください。(これは日本神道の祈りではなく、宇宙神道の言霊なので、宗教宗派は超越しています。そういう想念で唱えればね手(チョキ)

 るんるんそ~のうち何とか、にゃ~~るだ~ろ~お~~!ウッシッシ

mixi内コメントから整理します。

>吉田大洋『謎の弁才天女』によれば、富當雄さんが亡くなる数日前、我々の大祖先はクナトの大首長(おおかみ・岐神)だが、もう一つ隠された女首長にアラハバキ(荒吐神)があり、体制側によってこれらが抹殺されようとしたとき、クナトは地蔵に、アラハバキは弁才天へと変身した、と言い遺していったという。伯耆大山では根深い地蔵信仰がみられるが、これはもともとがクナトノ大神を祀る山だったからかもしれないわけである。

なるほど。地蔵、弁天、伯耆大山とくれば、ほぼキーワードは出揃いましたね。(本文には書かなかったけれど、高勝寺の開基は伯耆大山から来た僧侶ということです)
これは出雲系の伝承によるアラハバキの女神である可能性が高いですね。
私自身の「弁天」という直感も間違いではなかったのだという、確信につながってきました。

ただ、岩船山に出雲系の雰囲気があるかというと、まるでわからないです。
富家の伝承⇒吉田大洋氏の言う、隠れ信仰としての弁財天は、本当に見事に隠されたものなので、もとのオリジナル出雲の臭いがしません。
没落の直後、それだけ徹底的に虐げられた部族がいたのかもしれず、だからこそ徹底的に隠さなければならなかったのか。
神代の時代のおおらかさは、ほとんどありません。むしろ、被差別部落的な暗さのみ感じます。
そこで「死出の旅路」のイメージと繋がるのかも。(もっとも、出雲、熊野は、昔から黄泉の国とされたむきもあるが)

実は、吉田大洋『謎の弁才天女』は最近読んでいるのですが、私の中では地蔵とクナトノのつながりの印象が薄く、すぐにピンときませんでした。

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スタミナ不足で、ながらくこのブログを放置しておりました。ぼちぼち再開しようかと思いますが、操作のしかたがすぐ思い出せず、コメント認証待ちのかたなどおられましたら申しわけありません。


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拍手コメントというのがあるのを初めて知りました! また、時々、設定が狂うのか、拍手ボタンが非表示になるみたいです。 未だに設定に慣れなくて、すいません!

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1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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