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高賀山麓の妖怪伝説 ~ 円空の里を訪ねて④ ~

2010,,19
 洞戸円空記念館は高賀神社のすぐ脇にあり、記念館を出てからの神社参拝となった。
 ところが、後で気づいたのだが、どうしたわけか高賀神社の写真をほとんど撮っていない。城の石垣のような段差のある高台に横並びに社殿が並んでいたように思うのだが、全景を収めるのが難しかったからだろうか。

 ↓とりあえず向かう途中の大鳥居。
               386027_265064504_68large大鳥居

 ↓これが数少ない境内の写真かと思う。
               386027_265064985_223large高賀神社1
 
 さて、時代は円空よりもずっと以前に遡るが、甲賀や美並の一帯の信仰は、妖怪退治伝説と切っても切り離せないものだったらしい。
386027_265064898_206large高賀神社、由緒書き2
     (↑↓境内由緒書の写真)
          386027_265064823_59large 高光公と猿虎蛇

高賀神社の始まり(高賀宮記録より)
当宮の始めは、霊亀年中(710年代)何処ともなく夜な夜な怪しい光が空を走り丑寅の方角へ飛んで行くのを都の人たちが見て驚いた。都から見て東北の山々、すなわち高賀山を探したが、見つけることはできなかった。そこで、高賀山麓に神壇を祀ったところ、光が現れなくなったという。これが高賀山本神宮の始まりだといわれています。
その後、高賀山一帯に、牛に似た妖怪が住み付き、村人に危害を加えたので、平承3年(933)、藤原高光が御門の勅命によりこれを退治した。このとき再び妖怪が住みつかないように高賀山の麓に神々を祀った。また、天暦年間(947~957)には、キジの鳴き声をする大鳥が村人を困らせたので、再び藤原高光による魔物退治が行われ、この時、高賀山麓の六ヶ所に神社を建立したとされている。

⇒http://www.horado.com/kouka/jinjya.html 高賀神社より。

 霊亀年間(715-717)というと奈良時代も初期、どんぴしゃ!『記紀』(712、720)や『風土記』(713)が編纂され、藤原不比等が朝廷を掌握したあたりの時代となるから、なにやらキナ臭い。妖怪は当初、牛とか鬼の姿で語り継がれ、しかも鬼門である「丑寅の方角」を暗示している。言わずと知れた「ウシトラの金神」は、先住系の土地神の総帥である。妖怪は、古代神を報じる反朝廷のレジスタンス勢力が、追い詰められて山賊化したものだった可能性もないだろうか。
 
 妖怪は当初は牛、後に頭が猿、身体が虎、尾が蛇という奇怪な複合獣の姿として伝えられている。↓また、星宮神社の説明書きでは、妖怪は最後に大鳥の姿で討たれている。
          386027_265062086_89large由来書き

 高賀神社の境内には、高賀の伝承による「さるとらへび伝説」の妖怪退治をしている藤原高光公のリアルな像があった。
          386027_265064707_246large高光公妖怪退治像1

 ↓私はどうもこの妖怪が憎めなくて、つい癒しの手?を差しのべてしまった、・・・の図。
                    386027_265064620_245large高光公妖怪退治像2

 しかし、これらの動物はみな十二支に含まれていることに気づく。(牛=丑、虎=寅、蛇=巳、猿=申、鳥=酉) 賊(妖怪)の出身地や拠点の方位を示していたか。それとも、占術上の何かの要素を暗示していたのか。考え出すと、謎と興味は尽きない。

 ↓最後にボーナス・ショット。高賀六社のひとつ、滝神社の御神体?の滝。私が手を合わせると、偶然にも虹が現れた。手前の注連縄に下がった幣束(へいそく)がぼーっと光って写っているのも面白い。
386027_265065466_120large滝とへいそく

386027_265065386_179large滝近影 

円空記念館の遺作をめぐって ~ 円空の里を訪ねて③ ~

2010,,19
 星宮神社の奥にある粥川谷から時計反対回りに山道を進めば、甲賀山と甲賀神社、および洞戸円空記念館までの近道のはずなのだが、いかんせん車道がない。オフロードバイクかマウンテンバイクならともかく四輪では無理なので、ナビに従いぐるっと時計回りに車を走らせることに。

               chizu-3高賀山六社めぐり
               地図⇒http://www.horado.com/kouka/rokusya.html より。           
 
 円空は最晩年を含め、高賀の地を三回訪れたという記録があり、最後の作品(洞戸円空記念館に展示)もここで完成させている。一方、白山信仰の影響を受けつつ独自の展開を見せる甲賀修験に、若い頃から親しんでいて、甲賀山にも何度となく登って修行していたであろうとも言われている。どっちみち官憲側のお抱え僧侶としての人生は送っていないので、若年期の記録は乏しく謎に満ちている。
⇒http://shigeru.kommy.com/enkuu12.htm 円空さんを訪ねる旅(12)洞戸高賀神社円空記念館
⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html 高賀と円空
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE 高賀神社 - Wikipedia

 ↓最後の遺作は、一般には13cmちょっとの小さな歓喜天像と言われている。象頭人身の神が双体で相撲の“あい四つ”のように抱き合っている、知る人ぞ知るおなじみのスタイルだが、知らない人は円空作の像を見てどこがどうなっているのかよくわからないかもしれない。
                    kankiten円空作
                    画像⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html               
 ヒンズー神話のガネーシャが仏教に取り入れられて定着したのが、この男女双体で抱き合う歓喜天像だが、タントラ的にセクシャルな思想背景が臭うせいか、禁欲的な一般の仏教思想からは敬遠され、秘仏とされることが多い。
 それにしても日本の庶民の信仰としてさほどポピュラーとは言えない歓喜天を、なぜ円空は最後の作として選んだのだろうか。ふと白山権現の十一面観音信仰がベースにあったからだろうか、と考えてみた。(もっとも、円空は男女の恋歌なども多く詠んでいるというので、仏教以前の古神道の体質からくる素朴な心情からかもしれないが)

 仏教説話では、双体の歓喜天のうち女神のほうは、実は十一面観音の化身とされている。手のつけられない乱暴者の(男神)歓喜天を鎮めるため、観音が同じ象頭の女神に変身し、愛の抱擁を受け入れるという設定だ。性的エネルギーの昇華としての思想・技法を匂わせるあたり、やはりタントラ→左道密教(性エネルギーの交合を修行法とする密教)の系譜なのかもしれない。
⇒http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/kannki.htm
⇒http://www.ne.jp/asahi/kwau/kangiten/ 象の神様(歓喜天)のページ

 この十一面観音が、日本においては白山権現の本地とされている。
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%B1%E6%A8%A9%E7%8F%BE 白山権現 - Wikipedia
⇒http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/6989/Shirayama.htm 白山様とその歴史
⇒http://www6.ocn.ne.jp/~kanpanda/hakusan2.html ヤマイヌ・「白山修験道と菊理媛」
 インド発祥の十一面観音と日本の白山権現の本地仏としての十一面観音が、はたしてどれほどの繋がりがあったのか疑問に感じてしまう。(この世の教義の学術的伝承としてではなく、あの世の神霊的実在として見た場合の話だ) 私のヴィジョンとしては、むしろ“逆”本地垂迹説として、十一面観音の本地が日本の太古神であったというインスピレーションが非常に強い。
 今に影響を残す神仏分離はたかだか近代(明治)以降のものだし、中古代における朝廷公認の中臣神道よりもはるか以前、物部や出雲にこそ縄文古来の古神道は息づいている。それら古代の“原”神道は、後の時代の“新”神道の政治的権勢によって抑圧・駆逐され、神仏習合の修験道の中に姿をカムフラージュして流れ込み、活路を見出そうとした。
 その象徴的な“神”が、水神としての十一面観音であり、星神としての虚空蔵菩薩や妙見菩薩だろう。どちらも“逆”垂迹としての菩薩身であり、本地は封印された日本の太古神だ。

 その十一面観音信仰が、白山から湖北・湖東を中心とした琵琶湖周辺の縦のラインに集中している。もうひとつが日光・常陸を中心とする北関東であり、ここにも異形の観音と星神の痕跡が色濃く残っている。白山・琵琶湖の修験と北関東の修験は、地下霊脈で繫がる同族と言えそうだ。

 ↓歓喜天像ではなく、こちらの一木造り三像が最後の遺作ではないかという説もある。一本の木を縦に三つに割った内側面に像を刻んだもの。中央の観音は2メートルを超す長身?で、円空の創作人生最後を飾るにふさわしい大作と言えそうだ。
               sanzo一木造り三像
 円空は、母親を洪水で亡くし悲しみから自分自身を善財童子に見立て、善女竜王を母に見立てて意図的に彫ったように思われます。三位の像を内側にぴったり合わせた形は、十一面観音に自分と母が抱かれる形となり現世で果たし得なかった願いがこの像に込められています。
               ↑画像と文章⇒http://www.horado.com/kouka/enku.html

 ↑縦にひょろ長いが、実物を間近で見るとさらに、魂が肉体を抜けて昇天していくようなベクトルを感じさせる。胴体に龍神の鱗のようなものが刻んであるのも特徴。
 ・・・というようなことを説明してくれたのは、円空記念館の職員らしい体格のがっしりした品のいい初老の紳士だった。(責任者クラスの人だろうか) 美並のふるさと館の時もそうだったが、むこうから親しげに声をかけてきてくれた。すべての来館者にそうしているわけではないので、ここの守護霊がこちらにを好意を持っていてくれていたのかな。


(つづく)

  

円空岩にて ~ 円空の里を訪ねて② ~

2010,,19
 星宮神社から美並IC方面への帰り、車でやっと通れるくらいの横道に入って、数キロ?離れた場所に円空岩はある。円空洞というのも近くにあったはずなのだが、車で見つけるにはノロノロ運転をしなければならず、知らないうちに通過して見そびれてしまった。

 ↓舗装道路が二股に分かれ、左が円空岩への道。駐車場はないので、工夫して停める。
               386027_265063737_7large円空岩、駐車
 
 ↓それ以上は車では入れず、歩いていくとまもなく川辺のどんづまりとなる。
               386027_265063642_34large円空岩入り口

 ↓円空岩の説明版。円空ファンは国際的なのか、英語の訳も書いてある。
          386027_265063906_115large円空岩、説明版

 ↓これが円空岩の側面、斜め上からのアングル。
386027_265063958_204large円空岩、側面

 ↓正面に回ると、こうなっている。ここで仏像を彫って生活をしたらしい。一方、円空洞のほうは「修行した」という伝説。
 遠目に見ると、庇(ひさし)のように張り出した巨岩の影で下部が暗くなっていて、けっこう恐い場所に見えるかもしれない。
IMG_5328円空岩正面(大)
               
 空海や出口王仁三郎も、こういう岩屋のような場所で修行したという伝説が残っており、何かこの三者の間には共通の因子が流れているような気がする。・・・短絡的だけど。

henro-2御蔵洞2s gazou14高熊山s
 参考までに、↑空海が求聞持聡明法を成就したと伝えられる、室戸岬御蔵洞(左)と、
画像⇒http://www5e.biglobe.ne.jp/~k76kclub/sub74.html お遍路 より。
                         ↑王仁三郎が修行した亀岡の高熊山(右)。
画像⇒http://www.geocities.jp/susano567miroku/takakumayama.html 高熊山 霊界物語の真髄 より。
 
 ↓中央に安置されているのは、現地の人が円空を慕って彫ったらしい観音像。
                    386027_265064124_178large円空岩、観音像

 ↓となりでツーショットしてみたが、私の顔や雰囲気がまた、現地の人っぽく素朴でワイルドに変身している。
               386027_265064070_29large観音像と私

 ↓前の川原の浅瀬にちょうどいい巨石が鎮座していたので、瞑想 on the rock させていただいた。観音像ツーショット写真の、もっさりとした国津神的な荒魂波動と比べると、ずいぶんと違う雰囲気に見える。
 私は瞑想で内に入り込んでいて気がつかなかったのだが、撮影した妻によると、この時ちょうど切れた雲間から強い日差しがスポットライトのように、かっと私を照りつけたらしい。
               386027_265064398_21large瞑想と陽光


(つづく)

オーブの乱舞する粥川谷矢納ヶ淵、~ 円空の里を訪ねて① ~

2010,,19
 円空の素朴な彫刻については以前から惹かれるものはあったが、円空さんそのものに本格的に興味を持つようになったのは、比較的最近のこと。瀬織津姫研究で波紋を巻き起こした菊池展明氏が、円空に関しても意欲的な著作を発表したこと、『数霊 臨界点 瀬織津姫封印解除』などで深田剛史氏も取り上げていること、などが発端だった。

エミシの国の女神―早池峰-遠野郷の母神=瀬織津姫の物語エミシの国の女神―早池峰-遠野郷の母神=瀬織津姫の物語
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円空と瀬織津姫 下巻 白山の神との対話円空と瀬織津姫 下巻 白山の神との対話
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数霊―臨界点数霊―臨界点
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 円空はその求道生活の初期に、↓男神天照の神像を彫っている。一般論では「天照大神=男神」は未だ奇説扱いのようだが、円空はほぼ先天的に、霊的DNAとでも言うべきもので「わかっていた」人間なのだろう。ここでその根拠をくだくだ述べることはしない。ただ、円空さんの遺したオーラに少しでも触れたいという動機が、日に日に高まっていた。

               20090613225535円空作、男神天照
               ↑http://f.hatena.ne.jp/topology32/20090613225535 より。

 早朝6時前に東京を出て中央自動車道を飛ばす。今は土岐JCTから東海環状自動車道で東海北陸自動車道にショートカットできるので、昼頃には美並に着いていた。

               386027_265062235_96largeふるさと館

 ↑まず円空ふるさと館。撮影禁止なので自前ショットはないが、美並で発見された155体のうち95体の像が、このふるさと館に所蔵・展示されているらしい。木造の質素な館だが、木こりのようにがっしりした体格のおじさんが、方言まじりで熱心に説明してくれた。手すりが付いているのは、それにつかまって下からのアングルで拝んでもらうと、また違った味わいがあるからだそうだ。

 ↓中でもふるさと館の御自慢が庚申像。楽しそうに体を横の弓なりにたわませて、慈愛に満ちた微笑をたたえている。館の職員の説明では、円空の母親をモデルとしていると聞いたが、円空自身がモデルという説明書きもどこかにあった。

               d0136880_1715518庚申像
               ↑http://masaok15.exblog.jp/page/15/ より。

 ↓もうひとつ、私が眼を奪われたのは、龍や蛇を首にからませつつ頭に乗せている像だった。
               enkuuyakushi.jpg
               ↑http://s-moriwaki.at.webry.info/200701/article_5.html より。

 ↓同様の構図を、栃木の古峰ヶ原の山の上で見ていたからだ。おそらく日光・古峰ヶ原周辺の勝道上人の開いた霊場と、円空の歩んだ道は、物部系の古代竜蛇神信仰でつながっているのだろう。
 5弁天龍神アップ 6弁天龍神、後姿
↑http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-category-9.html 古(いにしえ)の神降る峯の古峰ヶ原 より

 星宮神社は当初から意識していたものではなく、円空ふるさと館のすぐ奥に位置しているのを、当日になって気がついた。高賀山六社めぐりというのがあるそうだが、中でもこの星宮神社と高賀神社は立派で趣のある社だ。(結局、我々はこの六社のうち四社を巡ることになった)
⇒http://www.horado.com/kouka/rokusya.html 高賀山六社めぐり

 ↓ふるさと館のすぐ横に、参道の鳥居が立つ。
               386027_265062023_25l鳥居

 ↓緑深い境内と、星宮神社の本殿
386027_265062168_60large星宮神社1

 ↓正面の賽銭箱は内部収納型。小窓を通して賽銭を入れるようになっている。その横に虚空蔵菩薩の真言が書かれている。古代物部神道系の星神信仰は朝廷に抑圧されたらしく、神仏習合の修験道に姿を借りて、虚空蔵菩薩信仰へと変容していったものと考えられる。
               386027_265062573_41large虚空蔵真言

 ↓ウナギを神使とするのも、物部系の信仰文化である。どうやら信仰上では、竜蛇とウナギとの区別があまりなかったようだ。
          386027_265062122_85largeウナギ

 ↓このへんの研究は榎本/近江 共著『消された星信仰』に詳しい。

21世紀の古代史 消された星信仰―縄文文化と古代文明の流れ21世紀の古代史 消された星信仰―縄文文化と古代文明の流れ
(1995/12)
榎本 出雲近江 雅和

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 ↓星宮神社の奥に、まだ何やら参道のようなものが通じている。妻がちょっと行ってみたが、何もないと言って戻ってきた。しかし、「神明神社」と刻む石塔が手前にある。
               386027_265062664_5large神明社参道

 ↓絶対、何かあると確信して入れ替わりで行ってみると、左にカーブしていく道とは別に、奥に直進したところに神明社の小ぶりの社が見えてきた。水流の音も聞こえてくる。
               386027_265062810_11large神明社
 
 ↓道を隔てて立つ鳥居が目をひく。神明社の方向は向いておらず、滝の方向を向いているようだ。水神が御神体ということだろうか。手前横の石碑に「矢納ヶ淵」と刻んである。
               386027_265062882_156large矢納ヶ淵、鳥居
 
 ↓立て札の説明文。名水百選にもなっているとのこと。藤原高光公が妖怪退治の矢を納めたという伝説から、矢納ヶ淵の名が付いているらしい。
          386027_265062729_114large名水百選

 ↓鳥居をくぐって苔むした石段を降りると、目の前に小さな滝が迫る。落差はないが、大雨の後のせいか水量は豊富で迫力がある。
                    386027_265062967_184large滝

               386027_265063116_15large矢納ヶ淵、水流

 ↓向こう岸が切り立った岩壁になっていて、別の細い滝が糸のような流れを落としている。写真を撮ってみたら、なんとオーブだらけ!
         386027_265063249_121large細い滝

 ↑この写真ではわかりづらいが、もとの映像をパソコンで拡大してみると、ひとつひとつのオーブ玉の中に人の顔が見えるような気がする。しかも、西洋人かインド人のような外人の雰囲気がする。この土地にまつわるものなのか、それとも私が呼び寄せてしまったものか。

 ↓トホカミ払いとひふみ祝詞をあげてから気功をしていたら、妻が追いついて撮ってくれた写真がこれ。絵画か合成写真のような不思議な図だ。今度は玉の中に顔は見えないが、オーブの数がさらに増して、重層的に乱舞している。雨は降っていなかったし、直後の別のショットにはオーブはひとつも写っていないので、決してレンズに付いた水滴ではない。
386027_265063340_183largeオーブ乱舞

 ↓一見どうということはないが、これも何だか不思議な雰囲気の写真。太極拳ポーズだが、私が周囲と溶け込んで彫像のように静物化しているように見える。妻に言わせると空中浮揚のようだとも。
                  386027_265063399_228large滝と私

 この場所に、そうさせる何か特別な霊的磁場があるのだろうか。何かあると感じた妻は写真を撮る気になったそうだが、自身は水流に吸い込まれて落ちていきそうで、近づくことができないと言った。聖域でもおかまいなしに入り込みたがる癖がある妻にしては、珍しい感覚だった。


(つづく)

銀色の少女よ! Bridge over troubled water

2010,,11
    


    明日に架ける橋
   Bridge over troubled water

    (詞・曲 = Paul Simon 訳 = 筆者)


  君が弱りはて 心も萎えてしまった時は
  When you're weary, feeling small,
  瞳を曇らす涙を 僕が払ってあげる
  When tears are in your eyes, I'll dry them all.
  僕だけは君の味方
  I'm on your side,
  時代が荒み
  oh, when times get rough,
  友がどこにも見つからなくとも
  And friends just can't be found,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  僕がこの身を投げだそう
  I will lay me down,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  この身を投げだそう
  I will lay me down,

  這いつくばり打ちのめされて
  When you're down and out,
  見知らぬ通りで途方にくれる
  when you're on the street,
  夜が険しくとばりを下ろす頃も
  When evening falls so hard,
  僕は慰めてあげる
  I will comfort you.
  君の重荷を分けてほしい
  I'll take your part,
  暗闇が忍びより
  oh, when darkness comes,
  痛みがこの世界を覆い尽くそうとも
  And pain is all around,
  逆巻く激流に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  僕がこの身を投げだそう
  I will lay me down.
  逆巻く荒波に架ける浮き橋のように
  Like a bridge over troubled water,
  この身を投げだそう
  I will lay me down.


viploader304153_光臨
(画像⇒http://imihu.blog30.fc2.com/blog-entry-1946.htmlより)

      船出しよう 銀色の少女よ 漕ぎ出すんだ 
      Sail on silvergirl, sail on by,
      輝く君の時代がやってくる
      Your time has come to shine,    
      すべての夢があの行く手に  
      all your dreams are on their way.  
      輝くさまを見てごらん 
      See how they shine,     
      もし友が必要ならば
      oh, if you need a friend,
      すぐ後ろから僕の舟が漕いで行く
      I'm sailing right behind,
      逆巻くに激流に架ける浮橋のように
      Like a bridge over troubled water,
      君の心を和らげてあげよう
      I will ease your mind.
      逆巻く激流に架ける浮橋のように
      Like a bridge over troubled water,
      君を和らげてあげよう
      I will ease your mind.


night_rainbow httpwww.thoe.netgallery5.html
(画像⇒http://www.thoe.net/gallery5.htmlより)


 サッカーW杯南アフリカ大会も終る頃だが、この歌が南アフリカ独立に一枚買ったという逸話も、いまや伝説化しつつある。

 職場でたまたま暇な時間ができたので、久しぶりに訳詩をしてみた。昔、好きな英語の歌で、訳が飽き足らない時によくやっていたのだが、この曲はべつに定番の訳が気に入らなかったわけではなく、ただ、自分自身の訳をしてみたかっただけ。
 すべての訳は意訳だと思うし、でも、できるだけ言語のニュアンスは残したい。が、この曲に関してはあまりにもスタンダードになってしまった上、シンプルにして深遠なので、これまで手が出せないでいた。我が青春のバイブルであるにも関わらず。

 訳していて熱い涙がこみ上げてきた。久しぶりに、声も出さず、眼が痛くなるほど泣き濡れながら訳した。痛くなるほど、というのはおかしな表現かもしれないが、実際、両目の奥のほうから痛いものが流れ出てきた感じなので、眉間チャクラのクリーニングだったかもしれない。

 我々がティーンの頃は、ノリのいいロックや風刺的なフォークの激しく批判的な、あるいは斜に構えたような皮肉っぽいスタンスが多くて、S&Gのちょっと叙情的にも感じられるメロディは、当時の若者仲間からは軟弱に見られる傾向もなくはなかった。
 この『明日に架ける橋』のような大肯定ソングも、激動の時代のひとつのピリオドとして唐突に登場してきた観もあり、闘争的な空気を引きずる全共闘世代には、照れくさくて同調できない面もあったのだろう。
 最近の世代では「スタンダードの名曲」と言う評価が定着していて、よっぽど素直に受け取っているように見受ける。親の世代から受け継がれた美しいメロディーとして耳にしてきたが、あらためて詞を読んでみて想像を絶するものだった、というような感嘆の声も多い。

 反面、妙に理屈っぽい分析をしたがる人もいる。(理屈“ぶって”いた全共闘世代よりも、クールでドライな理論派は今の世代のほうが多いかもしれない)
 3コーラス目の冒頭、「銀色の少女(silvergirl)」とはなんぞや?というわけだ。silvergirlではなくて、Sail on silver,girl(銀色に輝く波間に船出しよう、少女よ)ではないか、という解釈も登場する。
 素朴に受け取るなら、私自身は北欧の少女のような輝く銀髪を思い浮かべる。実際このフレーズは、ポールが中年になった妻の髪に白髪が混じっていたのを見てひらめいたのだという、あまりにも卑近な裏話がある。
 中年のオバサンが少女に化けてしまうという発想の飛躍は、ロマンチックでないという見方もあるかもしれないが、アニメ『ハウルの動く城』にもあるように、少女の中に老婆がいるなら、老婆の中に少女がいてもおかしくはあるまい?
 したがって、このgirlが単数であるか複数であるかということも、問題ではない。魂を打つスピーチは、大勢の群集に向かって話していても、一人一人に語りかけているように聴こえる、というのと同じ原理だ。すべての人のインナーチャイルドとしての「銀色の少女」なのだ。

 そもそも感性の湧出である詩の文章として、論理的に意味を特定することに意味があるのだろうか。掛け言葉として、いくつもの意味をひとつのフレーズにこめるという手法があるが、これとて論理的に言葉のパズルを組み立てた結果ではない気がする。初発のイメージはいっぺんに押し寄せてくるのだ。その渾然となった感覚を、後で言葉で整理するだけのことだ。
 したがって、銀色の少女は銀髪の少女でもいいし、朝日を浴びて輝く波濤でもいいし、逆光に彩られた雲でもいい。それらの輝きが乱反射して少女を照らしている光景としてもいい。また、少女自身の発する銀色のオーラとしてもいいのだ。そのすべてが、明日に架ける希望の象徴なのだ。(最近のSFアニメ世代としては、宇宙服のような銀色のスーツを想起するようだが、私にはあまりにも即物的で興をそそらない)

 この曲の下地が黒人ゴスペルであるとはよく言われることだが、もうひとつ強調しておきたいのが、歌詞のスタンスとしては、教会の賛美歌やキリスト教の宗教曲とは一線を画しているということだ。
 ゴスペルやオラトリオは、人間が神に救いを請い求めたり、神を褒め称え感謝するための歌だが、『明日に架ける橋』は、神の側から人間への眼差しのように思われる。しかも人間の立場に同悲同苦して“降りて”きている歌だ。いや、そうとも言い切れない。幼い人間の魂が真の神(の遣い)の想像を絶する苦難に、すこしでも共鳴し助力しようと、一世一代の背伸びをしている歌、としても感動は決して薄れないだろう。
 つまり、神も人も、男も女も、老いも若きも、あらゆるものが双方向的かつ互換的に結んでゆく、神人合一、厳端不二、万教同根のラブソングなのである。ここに既成の宗教曲の歌詞を完全に超越してしまった、超党派・超宗教の圧倒的な潜在支持率を生む要素がある。


 あえてどのように解釈してもいいとするなら、私はこれを、救世神スサナルの本体が、母神イザナミを茨の海から救い出さんとする発動の歌と見る。あるいは地球母神の分け御魂である、すべての神と人との、知られざる苦難の歴史を、終末のドンデン返しでグレン!とひっくり返す、渾身のラブソングである。

 すべての女神の報われざるインナーチャイルドが、来るべき新世界に向けて癒され、輝きを増しますように。


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Twitterに合わせて、ハンドルネームを「五右衛紋☆Rhapsody」に変更しました。( 旧ネームは「三斗Ra隼人」、Twitterは「五右衛門☆Rhapsody」)


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プロフィール

1955年、東京生まれ。 母方先祖は諏訪大社の大祝だったとか。 ツイッタ-のユーザー名:@G_rhaps

五右衛紋☆Rhapsody

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古典的グノーシスの言うように、この世界が悪の造物主の作品だとは、私は思わない。地球を創造したのは真の神だ。しかし、後から飛来した未熟で歪んだ神が、この地球を乗っ取って、創造主の仮面を被り牛耳っている。最後のドンデン返しの時まで、世の中の9分9厘は、偽せの神や間に合わせの神が支配する、偽せや間に合わせの仕組みなのだと、私は思っている。その騙しと罠の仕組みの中で修行するのが、我々の試練であり、宇宙浄化の雛形としての地球の役割りなのだ。
2008.10.23 『“その後”の黄泉比良坂の歌 ~ 私の「鬼束ちひろ」評 ~ 』http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-13.html より。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ mixiから紀行文の部分を移籍したのが、このブログのスタート。 主に神社仏閣、霊場、スピリチュアル、歴史関係の随筆や論稿を、ここに整理していきます。紀行スタイルが多くなると思います。 執筆は後の時点での回想であり、実際に当地におもむいた日時よりは後になりますが、今後、現地探訪の日付けに統一していく予定です。

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